ド・ゴール将軍
ACU2312 11/27 ルシタニア王国 旧王都ルテティア
「お初にお目にかかります、ヴェステンラントの皆様方。私がマクシミリアン・ド・ゴールです。どうぞお見知りおきを。そして我々の理想に共感し、手を差し伸べていただけること、幸甚でございます。あなた方とは是非とも、友好な関係性を築いていきたいものです」
かつてルシタニア国王の王城であったその城を訪れたのは、ただでさえ背が高いのにきっちりと背筋を伸ばした、これぞ軍人といった感じの中年の男であった。彼こそが、ヴェステンラントが協力相手として選んだマクシミリアン・ピエール・ド・ゴール将軍である。
やけに口数の多い挨拶をされたクロエは苦笑いを浮かべながら応える。
「ええ、どうも。私はクロエ・ファン・ブランです。よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたします」
取り敢えず握手を交わす。クロエの傷一つない陶器のような手と比べて、ド・ゴール将軍の手はゴツゴツとして男らしく、何カ所も傷が残っていた。少なくとも後方でふんぞり返っているような名前だけの将軍ではないようだ。
「さて、それでは打ち合わせといきましょう」
初めての顔合わせ。その目的はこれから建設する新国家の姿を決めることである。
「はっ。と言っても、既に我々の方で大方の計画は立案しております。無論、何かご不満な点があれば修正致しますが」
「そうですか。では教えてください」
「はい。まずは新国家の名前ですが、ルシタニア共和国としようかと思います。まあ単純な名前です。特に問題はないのでは?」
「ええ、まあ問題ありません」
民主主義を目指すと国名から明確に宣言する。まあルシタニア王国との対抗上、これは必要だろう。
「そして我が国は皆様方もご存じの通り、民主主義国家とさせて頂きます。民は選挙で指導者を選び、指導者は民の為に政治を行う。それこそがあらゆる国家のあるべき姿なのです」
「……私達に喧嘩を売ってるんですか?」
ヴェステンラント合州国は王政だ。ド・ゴール将軍の言葉はそれに喧嘩を売っているとしか思えないものであった。
「おっと、これは失礼を致しました。あなた方の女王陛下、そして大公殿下も、よく国を治めておられます。無用な混乱を招いてまで民主化をしようとするのは、極めて愚かなことです。あくまで我が国に民主主義が必要だということとお思い下さい」
「あ、そうですか。まあそもそも、我々はルシタニアに真に交渉相手に足る政府を求めているだけのことです。その内政に干渉するつもりは最初からありませんよ」
「では何故このようなお話を?」
「一応は確認しておきたかっただけです」
「なるほど。それでは続けましょう」
――はあ、面倒臭い……
この目を輝かせた男に、クロエは2時間ほどの貴重な時間を取られたのであった。とは言え、これで最高指導者同士の顔合わせは終わりだ。後は実務の方で勝手にやってくれるだろう。
〇
ACU2312 12/2 旧王都ルテティア
一度決まれば準備は驚くほど早く進み、もうルシタニア共和国の独立が宣言されるところまできた。
「諸君、私は今、ルシタニア共和国の樹立を宣言する! 無能な国王も、富に溺れる貴族共もいない! 我々の、ルシタニア人だけの国を作るのだ! 共和国万歳!」
「「共和国、万歳!!」」
「ヴェステンラントは我々の盟友だ! 共に戦い、南部で抵抗を続ける旧時代の残党と邪悪なゲルマニア皇帝を、共に打ち倒そうではないか!!」
「「「おう!!!」」」
ヴェステンラントの占領地のうち北ルシタニアは、雪が降りしきるこの日に独立を宣言し、完全にヴェステンラントの側に立って戦うと宣言したのであった。
そしてそれは直ちに諸外国に通達された。
〇
ACU2312 12/2 ルシタニア王国 王都マジュリート
ド・ゴール独立に最も過激な反応を示したのは、まあ考えるまでもないが、ルシタニア国王その人であった。
「ふざけるな……我が国を簒奪しようとは、断じて許さぬ……」
国王は書状を引きちぎらんばかりの勢いで手元を震えさせていた。
「陛下、どうか落ち着いてください。この程度のことで心を乱してはいけませんぞ」
ガラティアから亡命した老将、アルタシャタ将軍は国王を諫める。ヴェステンラントの策略程度で心を乱してはならないと。
「そ、そうだな。それこそ敵の思う壺、という奴か」
「はい。ですから我々は冷静に対処すればよいのです」
「……分かった。紙と筆を。私が自分で声明を書く」
「ははっ。何なりと」
そうして国王が直筆した声明文はしかし、かなり感情的なものであった。
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ACU2312 12/2 神聖ゲルマニア帝国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「『――これは国際民主主義者による世界を民主化し我が物にしようとする悪魔的な策動の悪辣な第一歩であり、国際社会の秩序にあくまで挑戦するこの試みを、全人類は全力を以て粉砕しなければならない』か……これは何とも……」
ヒンケル総統も思わず苦笑い。ルシタニア王国は全世界にルシタニア共和国討伐の檄を飛ばしたのであった。