軍団の再編制Ⅱ
「――議論の前提は出尽くしたようだ。問題は、それなりの危険性があり、このままでも大きな問題は生じていないというのに、階級の再編を今するべきかということだ。シグルズはどう思う?」
ヒンケル総統は議題を整理し、シグルズに改めて問う。つまるところは、階級の再編をわざわざこの戦時下にする価値があるのかという話だ。
「はい。その価値は十分にあるかと考えます。いずれやるべきだというのは、軍部の概ねの認識であると考えてよろしいんですよね?」
「うむ、そうだな。さっきも言ったような問題はあるが、いずれはすべきだということで間違いない」
「これは、ありがとうございます、参謀総長閣下」
やれるものならやりたいというのが軍部の総意だ。これまでは諸般の問題のせいで実行が困難だっただけで。
「であれば、特別に理由がなくとも、出来るときにすべきです。何かおかしいことがありますか?」
「なるほど。確かに、戦後にこれをするのもまた難しいかもしれないな」
ザイス=インクヴァルト司令官は静かに呟く。
「どういうことだね?」
「はい。戦後になれば、既に限界まで肥大化している軍部は民や貴族から目の敵にされるでしょう。そこで軍が自立しようとする動きが諸勢力の妨害に遭うことは明白です」
貴族層からすると、現状の制度は軍を自分達の制御下に収めておく最後の砦だ。それを潰すのは彼らからの反感を買うだろう。戦争が全てに優先される今しか好機はないと、ザイス=インクヴァルト司令官は言うのである。
「なるほど……確かに、あり得ない話ではない。やるなら今という訳か」
「はい。やるなら今です。そして少なくとも西部方面軍としては、これから作戦が更に激化するに当たり、この制度は望ましいものです」
「ふむ……それはどういうことだ?」
「これから我々は、これまでに類を見ない規模の軍団を動かし、ルシタニア奪還作戦を遂行しなければなりません。その過程で大きな犠牲が出るでしょう。恐らく、師団長以上の人材においても」
「それが、どう関係するのだ?」
「もしもそのような事態になった際、現行の制度では指揮系統の回復が困難です。指揮官は部隊と紐づけられていますから。しかしシグルズが言うような制度は、階級が上の者が下の者を指揮するという単純明快なものです。仮に師団長が死んでも、他の師団長が即座にその指揮を執ることが出来ます。或いはそれよりも上位の者が」
「お、おお……」
――僕が言ってないことまで勝手に補われてるんだが。
シグルズが言ってもないのにザイス=インクヴァルト司令官が主張しているそれは、確かに階級制度の利点である。階級が下の者は上の者に従うというただ一つの原理だけで、非常事態への対処が非常に簡単になるのだ。
シグルズの簡単な説明だけでここまで本質的な理解が出来るとは、やはりこの男は帝国一の策士である。
「なるほど。それは確かに、我が軍にとって大きな利益となるだろう。師団長が戦死するとは想像もしたくはないが……」
「ダキア方面では既に幕僚長くらいまでなら戦死も出ています。より激しい戦闘が予想される西部では、それもやむなしかと」
「そうか……」
師団は帝国軍の基幹戦力だ。その指揮官で戦死した者は、帝国の歴史上でも10人もいない。それを平然と想定していることに、ヒンケル総統も何とも言えない表情をしていた。
「ともかく、この点だけでも西部方面軍は十分に軍制改革を支持します。まあこれは軍の総意ではありませんが」
「なるほど、それなりの根拠はある訳だな。他の方面軍としてはどうか」
「出来るのならばしたいというのが軍部の総意であるのは、お伝えした通りです。軍部で反対することはありません」
「そうか……。分かった。では、いずれにせよ貴族層が反発することは目に見えている訳だが、それでも遂行する価値はあると思うか、ザイス=インクヴァルト司令官?」
「はい。そもそも軍部は面倒な貴族制から脱却することを望んでいるのです」
「ふむ。私は一応宰相なんだが……」
別にヒンケル総統は軍人ではない。貴族も軍人も農民も、全ての階層の利益を調整するのが総統の役目なのである。
「おっと、これは失礼。私としたことが失念しておりました」
「まあいい。とは言え、今は戦争が最優先だ。軍部の希望を通す方がいいだろう。貴族層には、まあ皇帝陛下に便宜を図って頂くこととしておく」
「はっ。ありがとうございます」
皇帝に頼んでおけば貴族を黙らせるのも何とかなるだろう。
「という訳でシグルズ君、軍制改革はこの機に断行することになったぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
何というか、シグルズの手を離れて勝手に議論が進んで、いつの間にか決定されていた。まあ自分の提案が受け入れられたのはよいことであるが、素直に喜べないシグルズであった。
「さて、それでは次の話題に移ろう」
「あ、その前によろしいですか?」
「ん? 何だ?」
「ここで報告すべき重大な事実があります」
シグルズは心なしか声を小さくして語り始めた。ダキアでついに確信を持ったことについてである。