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ピョートル大公の扱いⅡ

「落ち着きたまえ、諸君。会議からつまみ出してもいいのだぞ?」


 ヒンケル総統は静かに、しかし確かに怒りを感じさせる声で、カルテンブルンナー全国指導者とザイス=インクヴァルト司令官を制止した。


「我が総統が仰るのなら、ここは矛を納めましょう」

「彼がそう言うのなら、争う理由はありません」

「それでよい。この部屋では建設的でない言葉が飛ぶことは許さん」


 さて、仕切り直しである。論点は要約すれば、法に寄らない「正義の裁き」を認めて良いか否かである。


「法だけで全てを解決することは出来ません。人間の決めたことには限界がある。ですから、それが必要であるならば、正義のみを根拠として裁きを行うことも厭うべきではありません」


 カルテンブルンナー全国指導者は法治主義そのものに懐疑的だ。


「ええ、確かに完璧な法などこの世に存在しません。しかしながら、法を軽んじればいずれ、社会の秩序は崩壊してしまうでしょう。法に書かれていない罪は罪ではないのです。それがどんなに極悪非道なことであっても」


 ザイス=インクヴァルト司令官は徹底した法治主義を唱える。ピョートル大公を罰するべき法が存在しない以上、彼を裁くことは出来ないと。


「であれば、司令官閣下、今からピョートル大公を裁く法を作ればよろしいでしょう。人道に対する罪、平和に対する罪、いくらでも罪状は考え付きます」

「後出しの法などを認めれば、それは法がないのと同じ。断じて受け入れることは出来ない」

「これは非常事態です。法などにこだわっている場合ではありません。秩序と正義こそが、法の上にあるべき概念です」


 議論は平行線で、全く生産的な会話が行われる気配はなかった。そしてヒンケル総統にはこの自体を収める義務がある。


「二人の主張はよく分かった。これ以上は言わんでいい。さて、他の者の意見も聞きたい。カイテル参謀総長、どうか」

「ははっ。私個人としては、ザイス=インクヴァルト司令官に同じく、法の秩序を守るべきかと考えます」

「なるほど」

「しかしながら、この件を決めるには、もっと当事者の見解も聞くべきです」

「シグルズ君か」

「はい。ピョートル大公を捕らえた東部方面軍の話を聞かず我々だけで裁定を下せば、後に禍根を残すこととなりましょう」

「確かに。妥当な判断だ。ではこの件はピョートル大公の到着を待った後に、再び話し合うとしよう」

「はっ」


 この話は一旦置いておくこととなった。総統官邸は数日の間、東部占領政策や西部戦線の基本戦略などについて論議を重ねた。


 そしてやっとシグルズとピョートル大公の乗った装甲列車が帝都に到着した。


「――という訳だ。ローゼンベルク司令官は法を厳守すべきだということだが、ピョートル大公と実際に接触したシグルズ君としてはどう思う?」

「はい。僕も司令官閣下と同様、ピョートル大公の処刑には断固として反対です。そのような不法な裁きを行えば、ダキア人に永遠に禍根を残すこととなります。帝国の安全保障上、それは好ましくありません」


 この状況、日本がアメリカに受けた虐殺そのものである。第二次世界大戦後、アメリカは極東国際軍事裁判などと裁判を気取り、当時は存在もしなかった法を勝手に作り、その法で日本の指導者に死を言い渡した。


 これは犯罪そのものであるにも拘わらず、アメリカは圧倒的な武力で反対を押さえつけ、処刑を実行したのだ。


 アメリカはこの事実が人々の間に広まらないよう徹底した情報統制を行ったが、完璧に隠し通すことなど不可能。時間はかかってしまったが、22世紀には東京裁判という名は東京大虐殺に訂正され、更には民主主義政府の打倒に繋がった。


 まあ日本にとってはある意味で良い影響を与えた訳だが、今のゲルマニアがアメリカと同じ立ち位置にいる以上「東京裁判」や「ニュルンベルク裁判」の如き茶番を演じるのは愚策だ。


「――なるほど。しかしシグルズ、帝国臣民と違い、ダキアの市民はピョートル大公を大して尊敬していない。彼を処刑したところで民が反発するとは思えんが……」


 ヒンケル総統はシグルズの案の欠点を鋭く指摘する。


「確かにその通りです。ダキア人でピョートル大公を心から慕っている人間など極小数です」

「だろう?」

「ですが、そこはあまり重要ではありません。重要なのはゲルマニアがダキア人を不法に殺害したという事実です。それがある限り、ゲルマニアに反発する者の旗印として使われる可能性は延々と残ります」


 実際、東條英機を心の底から尊敬している人間など日本でも極めて少数であった。だが革命は勃発し、民主主義は廃絶されたのだ。


 結局のところ民は感情で動く。同じ民族が敵国に虐殺されてという事実だけで民を扇動するには十分なのだ。ダキア人にはそもそもゲルマニアを恨んでいる者が多く、火種があればあっという間に燃え広がってしまうだろう。


「なるほどな……」

「ここまでくれば、後は閣下がお決め下さい。議論ではどうにもならないでしょう」


 カイテル参謀総長は言った。ここまで意見が出揃えば、ヒンケル総統が決断するだけだ。

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