表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
495/1122

ピョートル大公の扱い

 ACU2312 10/25 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「総統閣下、ご報告申し上げます。我が東部方面軍の第88師団がピョートル大公を捕縛致しました」

「おお……これで戦争も終わるか。よくやってくれた、ローゼンベルク司令官」

「そのお言葉はシグルズ君にお送り下さい」

「む、そうか。では後で伝えておくとしよう」

「はっ。彼も喜ぶでしょう」


 にこやかに言葉を交わすローゼンベルク司令官とヒンケル総統。


 東西に戦線を持つという不安と隣合わせの状況からは脱することが出来た。これだけで総統官邸の空気は少し和らいでいた。


「しかしながら閣下、我々が決めねばならぬことは山積しています。休んでいる暇はございませんぞ」


 カイテル参謀総長はそんな空気に釘を刺す。戦争の後処理をしっかりしておかないとロクなことにならないのは、帝国が一年前に学んだことだ。


「そうだな。では何から議論しようか」

「まずは捕縛したピョートル大公の処遇を如何にすべきか、でしょうな。まさか前回と同じように無罪放免という訳にはいきますまい」


 先の戦争の戦後処理ではピョートル大公の実権は奪ったものの、ダキアで軟禁していたせいで反乱の旗印に使われ、今回のような無意味な戦争に突入してしまった。


 よって少なくともゲルマニアの土地で暮らしてもらうことにはなるだろう。それ以上を求めるのかは、これから決めることだ。


「我が総統、親衛隊から申し上げますと、ピョートル大公は即刻処刑すべきです」


 カルテンブルンナー全国指導者は一切迷うことなくそう提言した。


「君ならそう言うだろうとは思っていたが……理由を教えてくれ」

「はい。ピョートル大公は我が国と合法的に結ばれた講和条約を反故にし、数十万の帝国臣民を手にかけました。その罪は万死ですら贖えるものではありません。本来ならば死より重い罰を与えたいところですが、帝国の法で最高の刑は絞首刑ですから、それで許すこととします」

「――なるほど。確かにピョートル大公のせいで我々は30万を超える命を失い、100万人以上が重軽傷を負ったな」

「はい。罪には罰を与えねばなりません。それこそが人類の培ってきた正義なのです」

「あくまで犯罪者として裁こうと言う訳か。確かに合理的な処遇と見える」


 補足すれば、前回の戦争はゲルマニアにも非があったが、今回は完全にピョートル大公の意志で戦争が起こっている為ピョートル大公の犯罪だと言えるのではないか、ということである。


「では他の案は?」

「よろしいでしょうか、閣下」


 西部方面軍のザイス=インクヴァルト司令官は手を挙げた。


「うむ。聞かせてくれ」

「はい。私はピョートル大公の命など生きていようが死んでいようがどうでもいいですが、帝国の法は守られねばならないと考えております」

「あ、ああ。つまり何だ?」

「帝国の法は帝国臣民、もしくは帝国に在住する外国人を対象としたものです。ピョートル大公はこの中に含まれるでしょうか?」

「いや、含まれんな」

「その通りです。この点からして既に、我々にはピョートル大公を裁く権利がないのです」


 善悪ではなく法学的な観点からの批判である。常に合理を貫くザイス=インクヴァルト司令官らしい論だ。


「では司令官閣下は、我が国の数十万の民の命を奪うことが罪ではないと仰るのですか」


 カルテンブルンナー全国指導者はすかさず反駁する。だがザイス=インクヴァルト司令官も一歩も退かない。


「ふむ、誤解を恐れずに言えば、その通りだ。ダキア軍が我が国に侵入し虐殺を行ったのならば訴追は可能だが、ダキアでダキア人がしたことを我々が裁く権利はない」

「彼らは帝国の国土でも多くの民を殺しているではありませんか」

「ポドラス会戦のことを言っているのか? 確かにそれだけならば彼を処刑することも可能だろうが、それは同時に彼の侵略の罪を咎めないこととなる。貴殿はそれでもいいのか?」


 ダキア軍が帝国に侵入した唯一の戦闘であるポドラス会戦。それを殺人と言い張れば、その実行犯であるピョートル大公を裁くことは出来る。


 だがたった一度の会戦についてのみ裁くのは、カルテンブルンナー全国指導者の望むところではない筈だ。


「それは……よくはありません」

「であれば、ピョートル大公を裁こうという考えは捨てたまえ」

「いいえ、それについてはお断りさせて頂きます。私はただ例えに帝国の法を出しただけであって、帝国の法でピョートル大公を裁こうとはしておりません」

「ほう? では何を根拠に彼を裁こうと言うのだね?」

「それは正義です。法とは正義を執行する為の道具に過ぎません。悪なる存在に罰を下すことは、全人類が持つ権利かと考えます。ピョートル大公に正義の裁きを!」


 カルテンブルンナー全国指導者は熱く持論を語った。だがザイス=インクヴァルト司令官は一笑に付すだけであった。


「ふはは。まったく、これだから親衛隊は問題ばかり起こすのだよ」

「……我々を愚弄するおつもりですか?」

「おっと、失敬。親衛隊を愚弄するつもりはない。君を愚弄しただけだ」


 前にも見た気がする光景だが、会議室を雷が飛び交っているのが見えるようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=959872833&size=300
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ