地下壕の戦いⅡ
「右に進むか左に進むか……ヴェロニカ、どうしたい?」
「え? 私ですか?」
「うん。まあこの状況、どっちも同じだからね」
刺股のように斜め左右に分かれる廊下。構造は完全に左右対称であり、両方の道に有意な違いは見いだせない。魔導反応も真正面の先にあるようだ。
「ええ……じゃあ左でお願いします」
「分かった。右側は防備を固めておけ。残りは左側を前進する!」
三叉路の右側には100人ばかりの兵が盾を並べて守りを固め、シグルズは残りの兵士を率いて進行を開始した。だが暫く進んでも敵からの攻撃は一切なかった。
「て、敵はいる筈なのですが……」
「不気味だ。奴ら何を考えてる……」
慎重に一歩一歩を踏みしめながら進むのが馬鹿らしくなるほどだった。だが依然として大量の魔導反応が探知出来る。敵には抵抗を行う戦力が残っているのに、一切の攻撃をしてこないのだ。
敵には何か考えがあるのだろう。シグルズは考える。
ダキア軍からすれば、これまでの行動は時間稼ぎにしかなっていない。その先には確実な敗北が待っている。だから、ゲルマニア軍を完全に撃退出来る作戦を求める筈だ。
それが何かといえば……
「弩砲が存在する可能性があるのか……」
オーレンドルフ幕僚長から報告は受けている。廊下に兵士が並んでいるなどの特殊な状況下であれば、弩砲は対人兵器としてこの上ない兵器に化けるのだと。
そして、逃げ場もなくひたすら一直線に伸びているこの廊下は、まさに弩砲を設置するに最適な場所と思えた。
「この盾ではどうにもならないんですか?」
「ああ。この盾は戦車の装甲を転用したものだけど、戦車は普通に貫かれているからね」
「確かに……」
戦車並みの防御力を持っているということはつまり、戦車程度の防御力しか持っていないということだ。戦車を何十両と撃破してきた弩砲にこの盾は何ら意味を持たないだろう。
「うーん……どうしよう…………」
「シグルズ様……」
弩砲を恐れていては一歩も進めなくなる。だがそれでは一生この地下壕を攻略することは出来ない。結局のところ、選択肢は一つしかないのだ。
「――仕方ない。多少の犠牲は覚悟の上だ。前進する」
「は、はい……」
そうして数十パッススをのそのそ前進するも、敵の抵抗はなかった。だがついに飛んできた一撃は、大隊にとって致命的な一撃であった。
その瞬間、鋼鉄の盾がまるで紙のように舞い上がったのである。凄まじい風圧にシグルズですら壁に押し付けられ、そして兵士だったものが空を舞い鮮血をまき散らした。
シグルズの恐れた通りに廊下の先には弩砲が設置されており、のこのこと一直線に並んできたゲルマニア兵を貫いたのだった。
「クソッ! ここで来たか!」
「シグルズ様! ど、どうしますか!?」
「隠れろ! 全員今すぐ隠れるんだ!!」
「は、はいっ!!」
兵士達はまるで逃げ惑う群衆のように、近くの部屋の中に飛び込んだ。シグルズも当然そうする。彼の魔法でも弩砲を真正面から受けては体を真っ二つにされるのは必至だ。
狭い部屋の中から、廊下にまき散らされた死体が見えた。血はたちまち床面を覆い、部屋の中にも流れ込んでくる。
「こ、こんなに沢山……」
「百は持っていかれたな……」
弩砲の射線上に立っていた人間のほぼ全てが死んだ。ある者は体を引き裂かれ、ある者は四肢をもがれた。
「あ、あの人……! シグルズ様、息をしています!」
ヴェロニカは胴体が目に見えるほど削り取られながらの息をしている兵士を認めた。だがシグルズは俯いたままだった。
「助けないと!」
「……ダメだ。もう助からない」
「あっ……」
そう話しているうちに、彼の呼吸は途絶えてしまった。シグルズにはあそこまでの重傷を治癒する魔法はない。助けるのはどの道不可能だった。
「やってくれる……」
シグルズはこぶしを痛いほど握りしめた。
「し、シグルズ様……」
「総員、攻撃だ! 弩砲は確実にこの廊下の先に存在する! 弾丸をぶち込んでやれ!」
「はっ!」
小銃を持ちながらしゃがみ込み、扉から銃口と顔だけを出す。兵士達はそのようにして暗闇の中に次々と銃弾を撃ち込んだ。
だがその時だった。
「あ……」
シグルズのすぐ目の前で小銃を持っていた兵士の腹に矢が突き刺さっていた。
「うっ……」
「クッ……魔導兵だ! 身を隠せ!」
シグルズは兵士を部屋に中に引きずりながら命じる。敵はここで魔導戦力を投入してきたのだ。
飛来する数十の矢は大きさとしては普通の矢だが、人間を貫くには十分過ぎる威力を持ち、何より数が多い。ゲルマニア兵はマトモに撃ち合うことすら制限される有様であった。
「やってくれるじゃないか……僕らの作戦を完全に読んで来るとはな……」
弩砲によって盾を無効化し、その装填の隙に突撃することをも魔導兵によって阻止する。実に巧妙な作戦に、シグルズは手も足も出なくなっていた。
向こう側にコホルス級以上の魔女がいれば、シグルズの全力を以てしてもこの防衛線を突破することは難しいかもしれない。
取り敢えずは最大限身を隠しながら銃撃戦に応じるしかなかった。だがその中で、シグルズはある確信を得ていた。