地下壕の戦い
「反撃だ! 迫撃砲をぶち込んでやれ!」
迫撃砲と言っても本来の使い方をするのではない。それを階段の先に向けて零距離射撃を行うのである。
兵士達は盾の上に迫撃砲を設置し、砲弾を装填した。
「準備整いました!」
「よし! 撃て!」
暗い地下壕に6つの榴弾が撃ち込まれた。狭い屋内に爆風が籠り、例え魔導兵であっても無事では済まないだろう。だがこれだけで敵を制圧出来たとは思っていない。
「まだだ! ありったけの砲弾を叩き込め!」
「「おう!!」」
弩の攻撃をものともせず、ゲルマニア兵は次々に砲弾を叩き込んだ。そして百回近くの爆発で入口が崩れそうになって来た頃、ようやくシグルズは攻撃中止を命じた。
気づいた時には内側からの射撃は止まっていた。
「さて……魔導反応はどうなってる?」
「はい。先にはまだ魔導反応が残っていますが、すぐそこの魔導反応は消失しました」
「よし」
「ですが……魔導反応を偽装している可能性もあります」
魔導反応というのは所詮、魔法を使っていることが分かるだけだ。攻撃を停止した魔導兵が潜んでいれば、それを探知することは出来ない。
「ああ。慎重に進もう」
「はい……」
シグルズは敵が潜んでいると考えて行動することにした。鋼鉄の盾を引きずり、階段をずり落とすようにして慎重に前進していく。そして階段の下の踊り場に辿り着いたその時だった。
「あっ……シグルズ様!」
「かかれっ!!」
物陰から十数の魔導兵が飛び出して来た。ヴェロニカは警告しようとしたが間に合わなかった。
「応戦だ! 撃てっ!」
「その程度で止められると思うな!」
「く、来るな!」
至近距離では機関短銃でも魔導兵を殺し切ることは出来なかった。彼らは盾の後ろに回り込み、ゲルマニア兵の群れの中に侵入した。
そうなるとゲルマニア兵が圧倒的に不利になる。銃剣で応戦しようとするが、魔導剣が相手では分が悪い。
「クソッ! 銃がっ!」
「その程度で勝てるものか!」
「クッ……」
銃を切り落とされたゲルマニア兵は、目の前で剣を振り上げた魔導剣を見て死を覚悟した。だが彼が聞いたのは自分ではなく敵の呻き声であった。
「あ……ぐ……」
魔導兵の胸を一本の細い剣が刺し貫いた。
「し、師団長殿……!」
「ここまでやるとはな……」
シグルズは苦々しい顔を浮かべたまま、魔導兵の死体から剣を引き抜いた。そして次々と前線を荒らし回る魔導兵を斬り殺していった。
「シグルズ様、こっちも終わりました!」
「よーし……。美しくはないけど、何とかなったか……」
魔法に頼らざるを得ない状況に追い込まれてしまった。まあ第88師団に限るならこれでも問題ないのだが、シグルズのような強力な魔導士がいないと成り立たない作戦は意味がない。
つまるところ、いずれはこのような状況下でも文明の利器だけで魔法を打倒する戦術、兵器を開発しなければならないということだ。まあ今はそんな贅沢を言っている場合ではないが。
「まだ入り口だけですが……」
「分かってるよ。まずは何とかなったってだけだね」
まだ制圧したのはほんの入り口だけだ。地下壕はまだまだ奥深くに広がっている。
「さて……じゃあ前進しよう。総員、進め!」
「はっ!」
重い盾を引きずりながら、長く暗い廊下を進むゲルマニア兵。
「シグルズ様、また敵です!」
「反撃だ! 撃て!」
数パッススを進むごとに前から矢が飛んでくる。それを盾で防ぎつつ、至近距離であれば機関短銃で、遠距離であれば小銃で応戦し、敵を逐一殲滅した。
部屋があれば制圧しない訳にはいかなかったが、そのほぼ全てに敵兵がいて遮蔽物を整えており、普通に歩けば30秒もかからない距離を前進するのに半日はかかってしまった。
「しっかし、全く果てが見えないな、この地下壕は……」
廊下はどこまでも闇が広がっているようで、文字通り終わりがないように感じられた。
「そうですね……まだまだ廊下は続いているようです」
「どうしたらこんなものを……」
「魔法を使えばそこまで大変なことではないのでは?」
「ああ、最近飛行魔導士隊を見ないのはそのせいかもね」
まあそんなことを議論していても仕方がないのだが、最近のダキア軍に強力な魔女がいないのは、恐らくこの地下壕を用意していたからだろう。魔法を使えば地球の科学技術を総動員したのと同じくらいの速度で地下壕を建設することが可能だ。
「――まあいい。暫く休憩しよう。攻撃はその後だ」
「シグルズ様、外にいる部隊と交代すればいいのではありませんか?」
「確かに。ここまで長期戦になるとは思ってなかったら、忘れていた……。うん、そうしよう。ここまでの前線を維持しつつ、外の部隊と交代だ」
「はいっ!」
大隊を半分に分け、半分ずつ部隊を交代させた。そうして整然と兵士の置き換えが完了すれば、休憩の必要もない。シグルズは前進を再開した。
再び熾烈な戦闘をかいくぐり、そしてやっと直線の廊下に終わりが見えた。
「三叉路、ですね……」
「まだまだ終わりじゃないってことか…………」
曲がり角の先にはまたしても闇が広がっていた。