大公大本営への攻撃
ACU2312 10/23 オブラン・オシュ中心部
ダキア軍、ゲルマニア軍は歴史上稀にみる激闘を繰り広げた。ダキア兵の死者は8千、民間人の死者は10万を超え、ゲルマニア軍の死者もまた4万を超えた。だが、互いにあらゆるものをすり減らしながらも、前線は確実に前進していた。
ゲルマニア軍は市街地の大部分を占領し、ピョートル大公の支配が及ぶのは大公大本営からおよそ500パッススの範囲内だけとなっていた。ゲルマニア軍は最後の力を振り絞り、これを陥落させなければならない。
その先鋒を任されたのはシグルズの率いる第88師団であった。
「あれが大公大本営ですね……魔導反応が集中しています」
「随分とそれらしい建物だね……」
ヴェロニカとシグルズは魔導通信機と双眼鏡を覗きながらぼやく。
その先には無駄な装飾を省きながらも美しく纏まった煉瓦造りの建造物があった。派手ではないとは言え、そこらの民家と比べれば遥かに立派な建物である。それこそがピョートル大公の大本営だ。正式には大公離宮であるらしいが。
「さて、目標も定まったところで、司令官閣下に空襲を要請してくれ」
「はい。分かりました」
ヴェロニカは魔導通信機でローゼンベルク司令官に要請を伝えた。
すると10分ほどで巨大な影がシグルズらを覆った。その持ち主は低空を飛行する爆撃機である。そして爆撃機は大公大本営の真上でありったけの爆弾を投下した。
木造よりは多少頑丈な煉瓦造りとは言え、その大量の榴弾と焼夷弾の前に耐えきれる筈もない。大公大本営はあっけなく瓦礫の山と化した。
「あれ、これで終わり……ですか?」
「それを判断するのがヴェロニカの役目だろう?」
「あ、そうでした。…………敵の魔導反応に大きな変化はありません。これは……」
「敵は相当強靭な地下壕を造っているようだね。これは突入するしかなさそうだ」
まあ空爆を始めたの半年以上前のことであるし、ゲルマニアに強力な砲弾が多数配備されていることも、ダキアは以前から知っていただろう。大公大本営をそれらに対応出来るよう設計しているのは極めて自然なことだ。
「さて……諸君、この建物には敵のほぼ全戦力が集結している! これまでで最も激しい戦闘が予想されるだろう! 戦車も装甲車も爆撃機も、ここでは使えない。頼りになるのは銃と剣だけだ」
突入を敢行する前に、シグルズは指揮装甲車の上に立ち、師団の総員に訓示をする。
「だが、我々は何としてもこの戦いに勝たねばならない! それも速やかに、迅速にだ。帝国7,000万臣民の命運は諸君らの手にかかっていると言っても過言ではない! これは悪逆なるピョートル大公からダキア市民を救う正義の戦いでもある! 心してかかれ!」
「「おう!!」」
かくして最後の戦いの火蓋は切られた。第88師団以外の戦闘可能な部隊は一気に攻勢を仕掛け、敵の増援を完全に拘束する。その間に第88師団は大公大本営を制圧するのだ。
地下壕に突入すれば近代的な重兵器を使うことは出来ない。歩兵が唯一の戦力である。シグルズもまた、兵士達と同じように地に足をつけていた。
「師団長殿! ここです! 瓦礫に埋もれてますが、地下壕への入り口です!」
「よし。よく見つけた。工兵隊、爆破せよ!」
入り口はさっきの爆撃で埋めてしまった。だがそれも織り込み済み。
事前に用意した爆弾を仕掛けて瓦礫を吹き飛ばすと、3、4人は並んで入れるくらいの、地下へと続く広い階段が姿を現した。
「意外と広いですね……」
「確かに。だが油断は禁物だぞ、師団長殿」
道が広いというのは突入側にとって有利だ。だが気を抜くべきではないと、オーレンドルフ幕僚長は警告する。
「ああ、分かってる。今回は僕が陣頭指揮を執ろう。なりふり構っている場合ではないからな」
「そうか。よろしく頼む」
師団長に陣頭指揮をさせるなど極めて前時代的だが、シグルズなら問題ないだろうとオーレンドルフ幕僚長は素直に受け入れた。
「では私は外に残る部隊の指揮を執ることとしよう」
「ああ、そっちも頼む」
本来なら仕事は逆だが、それを気にしないくらいの柔軟さが第88師団にはある。という訳で、シグルズはヴェロニカを含む第一大隊1,500人、真っ黒な口を開けた地下壕への突入を開始した。
「さて、白兵戦用装備の準備はいいか?」
「はいっ。万全です!」
何のことかと言えば、兵士達が持った鋼鉄の盾のことである。盾と言ってもそれを持ち運びながら戦う為のものではなく、床に置いて遮蔽物とする為のものだ。
「盾を動かしながら接近。ゆっくりと前進せよ」
「はっ」
まるで古代の重装歩兵のように重々しい盾を引きずりながら(この時点で戦闘能力は皆無である)、第1大隊は階段を降り始めた。
「っ! シグルズ様、魔導反応です!」
「盾を置け! 隠れろ!」
ヴェロニカが報告を言い終わる前に、魔導弩から数本の矢が飛んできた。
「よし……」
1秒でも反応が遅れていたら兵士達は頭を撃ち抜かれていただろう。戦車の装甲と同等の厚さを持った盾は、弩の矢を軽く弾き返した。