徹底抗戦
ACU2312 10/13 オブラン・オシュ 中央広場
ゲルマニア軍が攻勢を一時停止したことにより、戦線は膠着することとなった。となるとピョートル大公にもほんの僅かな余裕が生まれる。彼は広場に民衆から貴族まで多様な人々を集め、演説を始めようとしていた。
薄闇の中に、魔法で焚いた神々しい灯りに照らされたピョートル大公が姿を現す。
『ダキア大公国が臣民諸君! 諸君の健闘はこの人類史に刻まれるべきものである! 諸君の奮戦はゲルマニアの蛮族の攻撃を撃退し、我々は今こうして、ここに立っているのだ!!』
「「おお!!」」
ピョートル大公の若く端正な容姿は演説にもってこいだ。追い詰められた民衆はまるで降臨した神のようにピョートル大公を崇敬していた。
『――多くの貴族が彼らの民を想ってゲルマニア軍に降った。だがそれは誤りなのだ! 彼らの意志は尊敬に値するものだ。しかし彼らは思慮が足らなかった。ゲルマニア軍は民から略奪し、民を虐殺し、女子供を犯す蛮族なのだ! 見よ! 彼らに支配された村々がどうなったのか!』
実際、ゲルマニア軍は侵略者あるあるを概ねやらかしている。一部だけでもそれを黙認すればこうなるとシグルズが心配した通りのことになってしまった訳だ。
「奴らは私の家族を殺した!」「ゲルマニアは悪魔だ!」「我々は尊厳を守り通すぞ!」
事前に台本を仕込んでおいた親衛隊の兵士が野次を飛ばす。それが人々の怒りに火を点け、彼らは口を揃えてゲルマニア軍への怨嗟を叫んだ。これだけでこの演説の目的は半ば達成されたようなものだ。
『――オブラン・オシュは最後の、我々の自由の砦である! 我々は最後の一人となろうとも戦い続ける! 戦え! 自由と平和を求めるならば!』
大公は最後に演説をこう締めくくった。彼の頭の中に妥協という言葉は存在しないのだ。
○
ACU2312 10/13 オブラン・オシュ郊外 ゲルマニア軍前線司令部
同じ頃、ゲルマニア軍は戦局打開の策を案じていた。無策に攻め込んでは損害が大き過ぎる。その犠牲はたった一個の都市とは割に合わないのだ。
「――とは言え、どうしようもないよな……」
「うーん……」
市街戦を簡単に制する方法があるのなら、スターリングラードの戦いもベルリンの戦いも1日で終わっていただろう。どんなに進歩した技術を持っていてもどうしようもないというのは、シグルズが最もよく知っている。
残念ながらこの世界でもその法則は成り立っているようだ。市街戦はどんなに人事を尽くそうと泥沼化する。それが宿命だ。
但し、一つだけ抜け道がある。
「閣下、現在の戦局を打開する策は一つです」
シグルズはローゼンベルク司令官に堂々と訴える。
「聞かせてくれ」
「はっ。と言っても、対処方法は簡単です。そこに都市があるから悪いのです。そこに都市がなければ、我々は圧倒的な兵力で敵を殲滅出来ます」
「……どうしろと言うんだ?」
「空爆と砲撃でオブラン・オシュを完全に焼け野原にするしかありません。あまりやりたくはありませんが……」
「そうだな……とは言え、確かに確実な策ではあるからな……」
オブラン・オシュを焼き尽くせば確実に勝てる。大量虐殺そのものではあるがしかし、これが東部方面軍の要求を満足する唯一の作戦なのだ。
「――ともかく、作戦に幅を持たせたい。爆撃機の準備をするよう、メレンに伝えてくれ」
「はっ」
選択肢を増やすのはよいことだ。爆撃機をいつでも出撃させる準備を整えておくべきなのは間違いない。そして抜け道はまだ残されている。
「司令官閣下、ここは敵の頭を切り取るのがよいかと」
オステルマン師団長はシグルズに続いて提案する。
「と言うと?」
「この抵抗がピョートル大公の狂信によるものであることは明白です。彼の居場所を掴み殺害出来れば、この戦争は終わるかと」
「まあそれも手か……」
地球と絶対的に違うのは、この抵抗が個人の意思で行われているということだ。彼の命と共に戦争も終わる。結局、ここまでの2つの策以外に使える提案は出てこなかった。
「では我々がすべきことは、爆撃機の用意とピョートル大公の捜索だな。とは言え、魔女でも何でもない大公を探せる気はしないが……」
「確かにそいつが問題なんですよね……」
クロエとかノエルみたいな強大な魔女が相手ならば魔導探知機で探せるのだが、ただの人間であるピョートル大公を探し出すのはまず無理だ。
「まあ優先すべきは爆撃機だろう。オステルマン師団長の策は、まあ大公を見つけられたらの話だ」
「それがいいでしょう」
「では皆は引き続き、現在の前線を維持してくれ。今回はこれで解散だ」
ゲルマニア軍の作戦は決定された。今は力を貯め、然る後に一気呵成にオブラン・オシュを攻め落とすのである。が、その時だった。
「司令官閣下、また総統官邸から通信が……」
「またか……。繋げ」
この頃やけに口うるさい総統官邸。ローゼンベルク司令官は大した緊張感もなく通信機を取った。だがそこで告げられたのは無情な命令であった。