激烈な抵抗
オーレンドルフ幕僚長は部隊を一時撤退させ、再び包囲に戻った。
「幕僚長殿、ここにいて、敵の弩砲は大丈夫なのでしょうか……」
「それについては心配には及ばないだろう。敵は無駄弾を使いたくはない筈だ」
先程は細い廊下に兵が密集していたから弩砲が極めて効果的であった。しかし部隊が薄く広がっている今、弩砲の巨大な矢に見合うほどの成果を得ることは出来ない。
この敵ならばそれくらいの道理は分かるだろう。分からないのなら、こんな見事な抵抗を演じられてはいまい。
「とは言え、包囲したところでどうにかなるものではない。弱ったな……」
手詰まりに陥ってしまった。この数があれば強引に弩砲を制圧することも不可能ではないが、弩砲1つの為にこんな損害を出していては、たちまちに第88師団は全滅してしまうだろう。
つまり、今後の為にも、犠牲を最小限に弩砲を破壊する方法を考える必要がある。オーレンドルフ幕僚長がその手段を思い付くのには、そう時間はかからなかった。
「……そうか。とっくに我々の存在などバレている。派手に暴れたところで問題はないか」
「と言いますと?」
「迫撃砲を用意させろ。ありったけだ」
「はっ!」
榴弾を投射する歩兵用の小型の大砲。戦車で十分だったから最近はあまり仕事がなかったが、戦車を近づけたくないこの状況下では重宝する。20門ほどの迫撃砲が件の民家を取り囲んだ。
「幕僚長殿、いつでも撃てます」
「目標、敵拠点。撃て!」
貫徹力は低い迫撃砲だが、ただの家屋の屋根程度なら簡単に貫ける。屋根を貫きその内部の入り込んだ榴弾は次々と爆発、たちまち柱は崩れ、数分と持たずに家は倒壊した。弩砲はその瓦礫の下にある。
「敵は地下に籠っている。慎重に近づけ!」
「はっ!」
一歩一歩地面を確かめながら、徐々に包囲の網を狭めていく歩兵隊。だが黙ってやられるほど、ダキア軍も往生際はよくなかった。
唐突に銃声が響く。
「ん? どこの部隊だ?」
「て、敵襲です! 我々が攻撃されています!」
「何!? どこからだ!?」
「東南より撃たれています!」
ゲルマニア軍にとっても遮蔽物を吹き飛ばしてしまった。ダキア軍はそこを狙ってきたのだ。しかも彼らは銃を使っており、魔導反応を検知することは出来ない。
「直ちに応戦!! 迫撃砲も使うぞ! 但し弩砲の包囲は緩めるな!」
「は、はい!!」
敵は民家に隠れながら、すっかり身を晒しているゲルマニア軍に銃弾を乱射する。兵士は雑草のように刈り取られ、機関短銃や小銃で撃ち返すが、姿が見えない敵には効果はほとんどないようだった。
そして何とかゲルマニア軍が遮蔽物の後ろに退避し終えた頃、ようやく反撃の準備が整った。
「敵の発砲煙を確認!」
「よし。直ちに砲撃しろ!」
敵がいると思われる辺りを全力で砲撃。建物を粗方瓦礫の山に変えたところで、ようやく銃声は収まった。
「ふう……ようやく落ち着ける。後は敵弩砲を破壊せよ」
「はっ!」
要塞を失った要塞砲など脅威ではない。ゲルマニア軍はまもなく弩砲が押し込められている半地下壕を発見し、手榴弾を20個ほど投げ込んでようやく制圧した。
とは言え、失ったものは大きかった。
「報告します。先程の戦闘で、我が軍は200の兵を失いました……」
「ああ……」
それだけ聞くと大した損害ではないように思えるが、500人のうちの200人である。ここだけを見れば壊滅的な損害だ。
「これは、早急に対応を行う必要がありそうだ」
「そうですね……」
「全軍に通達。各自、現在地を維持せよ。これ以上の前進は不要だ」
「はっ」
〇
その後、オーレンドルフ幕僚長は指揮装甲車に戻り、シグルズに戦況を報告した。
「――このようであった、師団長殿。歩兵で敵を制圧することは困難なようだ」
「……なるほど。ただの民家も、魔導兵の手にかかれば堅牢な要塞になり得るということか」
「そうだな。だから私としては、やはり事前に砲撃を行うことを提案する。地上部分さえ吹き飛ばしてしまえば、弩砲を制圧するのは困難ではない」
「だがそれをすると、歩兵を何ら遮蔽物のない環境に放り込むことになる。今回のような敵からの襲撃には為す術もない」
「む……確かに、その通りだ」
あちらが立てばこちらが立たず。
事前に砲撃をしなければ狭い屋内で不利な戦闘を強いられるが、家々はゲルマニア軍にとっても有効な隠れ場所となっている。それを破壊すれば、ゲルマニア軍はそこら中に配置されているダキア軍の伏兵に狙撃されることになる。
どの選択をしようと、前進に多大な犠牲が出ることは避けられない。
「だったら……出来るだけ損害の少ない方法を選ぶべきだけれど……」
「師団長殿、近接戦闘に対応出来れば、建物はそのままにした方が我々にとって有利だ」
「具体的にはどうすると?」
「こいつを使うしかないだろう」
オーレンドルフ幕僚長は腰に提げた剣を撫でた。つまるところは幕僚長が自ら最前線に出るということだ。
とは言え、それは危険過ぎる。
「君は幕僚長なんだ。自分の身くらい案じてくれないか?」
「私とて自分の限界くらい見極められる。危なくなったら逃げる」
「本当に、危険だったら撤退するんだな?」
「無論だ」
「……分かった。君の言葉なら信じよう」
「感謝する」
シグルズはオーレンドルフ幕僚長の提案を採用した。彼女は信用出来るとの判断である。