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想定外の損害

 オーレンドルフ幕僚長は数名の通信士だけを引き連れ、少々後方の貧相な民家を臨時の拠点とし、指揮を執っていた。その時妙な報告が入る。


「幕僚長殿、第8小隊からの連絡が途絶しています。これは……」

「……誰も気付かなかったのか?」

「はい。こちらから連絡を求めたところ、応答がありませんでした」

「面倒なことになったかもしれないな……」


 魔導通信機が故障したのなら、伝令でも寄越す筈。それがないということはつまり、それを伝える人間がいないということ。つまり、報告する暇すらなく部隊が全滅したということだ。


「周辺の小隊は第8小隊の担当区画へ向かえ。いつでも白兵戦に対応出来るようにしておくこと」

「はっ」

「それと私達も向かうぞ」

「え、は、はい!」


 オーレンドルフ幕僚長が直接指揮する500ほどの部隊が第8小隊の担当区画へ急行した。そしてすぐに、彼らがことごとく死体と化しているのを発見することとなる。


「こ、これは……」

「狼狽えるな。敵はあの家の中にいる。まずは周囲を固めろ」

「はっ」


 敵が逃げられないように、また敵の援軍が来ても素早く発見出来るように、建物の前後左右に部隊が展開する。そこまでしても敵に動く気配はない。


「敵は動きませんね……」

「敵は慎重なようだ。だが、睨み合いをしている猶予はない。直ちに突入する」

「はっ!」


 オーレンドルフ幕僚長は100名の突入隊を編成。正面玄関と左右の窓に配置した。全員が機関短銃を装備し、臨戦態勢を整えている。


「いつでも行けます!」

「ああ。総員、突入せよ!」


 幕僚長の号令で、兵士は一斉に突入を開始した。機関短銃の弾丸をばら撒きながら、次から次へと屋内へと突入する。


 直ぐに銃声に混じって兵士達の叫び声が聞こえてくる。思った通り、ダキアの魔導兵が立て籠もっていたのだ。


 とは言え敵の数は多く見積っても二三十であろうし、閉所での戦闘では魔導兵を蹂躙する機関短銃があれば容易く押し切れるだろうと、オーレンドルフ幕僚長は考えていた。


 しかし突入から10分が経過しても、けたたましい銃声が絶えることはなかった。


「――状況はどうなっている?」

「それが、何度も呼びかけておりますが、一向に返事がなく……」

「……分かった。私が確かめに行く。何かあったら直ぐに連絡するように」

「で、でしたらせめて護衛を……」

「護衛など邪魔なだけだ。私を信じろ」

「お、お気を付けて……」


 オーレンドルフ幕僚長は魔導剣と魔導通信機を携えると、単身で件の民家へと向かった。


 そして正面玄関から屋内入ると、何があったのかはすぐに分かった。


「幕僚長殿!? ここは危険です! 早くお下がり下さい!」


 兵士達は倒した家具の後ろに隠れ、廊下の奥へと牽制射撃を繰り返している。その手前にも後ろにも死体。最初に突入した者と、運悪く頭を貫かれた者の死体だ。


 だがオーレンドルフ幕僚長は臆することなく、倒れた机の後ろに滑り込んだ。


「状況は?」

「は、はい。屋内には多数の魔導兵がおり、弩で我々を迎撃しています。前進するのは困難です」

「数で押し切れはしなかったか」

「はい。接近すれば敵は魔導剣で応戦します。我々だけでは突破は不可能です」


 狭い室内では、どうしても剣で戦うくらいの至近距離での戦闘を強いられる。そうなると剣の方が圧倒的に有利だ。


「……分かった。例え外の部隊を投入しても、大きな損害が出ることは間違いない。だがこれを放置する訳には……」

「位置は割れてるんです。戦車に吹き飛ばしてもらうのはいかがですか」

「ダメだ。そんなことをしたら、先に狙いを定めている弩砲にやられ……いや、待て」


 オーレンドルフ幕僚長が固まった。そして彼女の顔に少しずつ焦りが浮かぶのが、兵士にも見て取れた。


「ど、どうされました……?」

「敵の弩砲は鋼鉄の装甲をも貫くことが出来る。だからこんな屋内に弩砲を設置していられるのだ」


 射線を確保する為の穴などがどこにも存在しないのは、その必要がないからだ。木造の壁や床くらい、魔導弩砲ならばほとんど威力を損ねずに貫通出来る。


「そ、それが何か……」

「そう、だからつまり……我々が弩砲の標的となる可能性がある!」

「は? あ、そ、そうです!」


 それに気づいたら生きている心地がしなくなる。弩砲が戦車だけを狙わねばならないという法はない。今この建物の中にいる兵士の全員が、その射程の中に入っているのだ。


「クッ……ともかく、このままではどうにもならない。一度退いて体勢を立て直す!」

「はっ!」


 オーレンドルフ幕僚長は撤退を決意した。だが次の瞬間、彼女の髪が舞い上がり、しゃがんですらいられないほどの風圧が彼女を襲った。


「う……何が……。っ!!」


 ついさっきまで話していた兵士達の姿はそこにはなかった。即席の遮蔽物には大穴が開き、その手前にいた兵士達は家の外まで吹き飛ばされていた。恐れていた弩砲からの直接攻撃が、彼女らを襲ったのだ。


 ほんの1ミリでも射角がずれていたら、オーレンドルフ幕僚長もまた体を真っ二つにされていたことだろう。


「早く撤退しろ! 急げ!」

「はいっ!!」


 生きている僅かな者にオーレンドルフ幕僚長は命じ、全軍がこの家から撤退した。正面玄関から攻めていた40人のうち、生きて出てこられたのは11人だけであった。

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