オブラン・オシュ市街戦
「クソッ! どこからだ!?」
「敵弩砲、方角を特定しました!」
「全力で砲撃! 叩き潰せ!」
敵の偽装は非常に巧妙で、その方角が分かっても弩砲を視認することは出来なかった。
だが幸いにして、戦車の榴弾は効果があったらしい。恐らくは水平方向からの砲撃に弱いのだろう。それ以降、弩砲からの攻撃はなかった。とは言えこんな後手後手の対応を続けていては埒が明かない。
「師団長殿、面倒なことになったな」
「……ああ。これじゃあこっちの戦車は一方的に減らされるだけだ」
「まずは状況を整理しよう。敵は上空からの砲撃に対してかなり堅固な陣地を構築し、弩砲を配置している。このことは、最早疑いようがないな?」
オーレンドルフ幕僚長は常に冷静沈着だ。彼女の言葉には強い説得力がある。まずは状況を確認するところから始めるべきだ。
「ああ。どうやら、砲兵ではどうにもならないらしい」
「そうだ。だが、戦車で事前に敵を排除することは不可能だ」
「? どうしてです? 砲兵と同じことを戦車がすればいいのでは?」
ヴェロニカは無邪気に問うた。まあそれが出来れば一番いいが、残念ながらゲルマニア軍にはそれは不可能だ。
「ヴェロニカ、戦車の砲弾は数が限られているんだ。戦車が持ち運べる量も、帝国のそもそもの生産量も。だから無暗に使うことは出来ない」
「ああ、なるほど……」
まず狭い車内に搭載出来る砲弾が少ない。戦闘の度に一々補給に戻っている訳にもいかないのだ。それに、小銃弾なら既に帝国全土で大規模な生産が行われているが、戦車用の砲弾の生産はまだまだ低調だ。
戦車の主砲はここぞという時にだけ使うべきであり、そう乱発するものではない。よって最初から戦車で敵を掃討するという案は却下だ。
「しかしどうする、師団長殿? こうなるともう手詰まりのようだが……」
「……手なら、ある」
「聞かせてくれるか?」
「あまり使いたくない手だが……」
日本で受けた国防の授業を思い出す。この世界に戦車を持ち込んで随分と時が経って忘れていたが、戦車とは本来、単独で動かすべきものではない。装甲車も同じだ。
「歩兵を最前線に出し、脅威となる敵兵器を掃討させる。……それしかないだろう」
戦車も装甲車も、車両というものは遍く視界が悪く小回りの利かないものだ。狭い建物の陰に敵が潜んでいた場合、それを発見して攻撃するのはほぼ不可能。
そこで活躍するのが歩兵である。戦車には常に歩兵を同伴させ、それを狙う敵の伏兵を発見し殲滅するのである。市街戦であれば猶更この戦術を採る必要がある。
「だが……歩兵隊は。敵の前に生身を晒すこととなるのだぞ。多くの犠牲が出ることは避けられない」
「ああ。それは分かっている」
言ってしまえば人間を戦車の盾にするようなものだ。当然、歩兵には高い死傷率が予想される。だがそれでも戦車を守る方が合理的だと、かつての人類は踏んだ。それはこの世界でも同じことだろう。
「だが、こうしなけれ僕達は機甲戦力に大きな損害を負い、オブラン・オシュに攻め込むことも出来なくなる。だから、こうするしか手はない」
「合理的ではあるが……いや、そうだな、いいだろう。歩兵を積極的に使っていく他、活路は見いだせないようだ」
「――よし。これより歩兵を前に出す」
「ならば、私が歩兵隊の指揮を執ろう。師団長殿は全体の状況を随時見極めてくれ」
「分かった。君になら任せられる」
オーレンドルフ幕僚長も元は師団長。それもシグルズより経験豊富だ。歩兵の指揮は素直に彼女に任せるのが得策だろう。
「では、また会おう」
「頼んだ」
オーレンドルフ幕僚長は指揮装甲車を出た。そして歩兵は浸透を始める。
○
「諸君、敵の弩砲は半地下に隠されていることが想定される。自らの身を隠す意味でも周辺の民家の地階を徹底的に捜索し、敵を発見したら直ちに報告せよ」
「「はっ!」」
オーレンドルフ幕僚長の素早い命令の下で歩兵は散開し、戦車を中心とした半円状に捜索の手を広げていく。そんな中、やはりと言うべきか、ある小隊が怪しいものを発見した。
民家の中に不自然に積み上げられた土砂。窓からそんな様子が確認出来た。
「あ、あれは何でしょうか……」
「決まっている。あの中に弩砲を隠しているんだ。すぐに幕僚長に報告するぞ」
「あ、はい!」
小隊は幕僚長に報告を届けようとする。だがその時だった。
「うぐっ……!?」
「なっ――!?」
魔導通信機を操作しようとした兵士の腹から剣が生えた。呻き声を上げながら倒れた兵士の後ろには、白い魔導装甲を纏った魔導兵が血に染まった剣を握っていた。
「えっ……」
「何をしている! 敵だ! 撃て!」
「侵略者共が! 死ねっ!」
「ひっ――!」
魔導兵は魔導剣を構え、小隊に果敢に飛びかかる。たちまちに数人が斬られた。ゲルマニア兵は応戦しようとするが、小銃は長すぎ、前後左右に味方がいる状況で機関短銃を使う訳にもいかなかった。
「クソッ! クソッ!!」
銃剣で応戦するも、鉄を断ち切る魔導剣の前には手も足も出ず。たちまちに彼らは血祭りに上げられた。