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謀殺の証人

 ACU2312 9/27 キーイ大公国 イジャスラヴリ


 ホルムガルド公アレクセイの率いるおよそ3万のダキア軍はまだ撤退の途中であるが、戦闘は完全に終息した。ゲルマニア軍はイジャスラヴリへ続々と入城する。


「物資が必要な方は遠慮なく我々に申し付けるようにして下さい! 特に救助が必要な方は一刻も早く我々にお伝えを!」


 シグルズは指揮装甲車のハッチから頭を出しながら市民に呼び掛ける。ゲルマニア軍はまず民心を掌握する為、備蓄した物資を片っ端からイジャスラヴリに運び込んでいた。


 とは言えさっきまで砲弾の雨を降らせてきた連中を信用してくれる筈もなく、誰も助けを求めては来ない。


「シグルズ様、誰も来ませんね……」

「うーん……そうだね……。ダキア人っていうのは、引っ込み思案なのかな?」


 ヴェロニカも元はダキア人。その性格に理解があるのではないかと、シグルズは一縷の希望を抱く。だが彼女の表情を見るに、あまりいい答えは得られえなさそうだ。


「私が思うに、ゲルマニア人とダキア人は大して変わらないと思いますが……」

「師団長殿、あなたがダキア人について多くは知らないように、彼らもまた我々についてほとんど知らないのです。庶民ともあれば猶更」


 ナウマン医長は子を諭すかのように言う。どんな民族であろうと他民族に対して拒絶反応を示すのは仕方のないことなのだと。


「なるほどな。当たり前のことか……」

「ええ。であれば、統治はダキア人に任せるのが一番でしょう」

「そうだな。まあキーイ大公国の役人を待つとしよう」

「それがよろしいかと」


 キーイ大公国も書類上だけの存在ではない。イジャスラヴリの民心掌握は彼らに任せるのがよいだろう。と、その時だった。


「シグルズ様、ザイス=インクヴァルト司令官から通信です」

「西部の司令官から? ……繋いでくれ」

「はい」


 シグルズは魔導通信機を手に取る。どうして西部方面軍の総司令官から通信が入ってくるのかは謎だが。そして彼は挨拶もせずに命令を伝えて来た。


『シグルズ君、事は急を要する。直ちにイジャスラヴリ伯の屋敷に向かってくれたまえ』

「それはいいですが……どういう訳です?」

『イジャスラヴリ伯殺害を目撃した貴族達を保護してくれ。アレクセイに消される前にな』

「なるほど。それは急いだほうがよさそうです」

『ああ。最速の方法で向かってくれ』

「はっ!」


 通信は終わった。どうやらこれは本当に急を要することのようだ。シグルズはザイス=インクヴァルト司令官からの命令を皆に簡潔に伝えた。


「――という訳だ。よって、僕は全速力でイジャスラヴリ政庁に向かう。ヴェロニカはついて来てくれ。他はここで住民の救助等を継続せよ。それと、ローゼンベルク司令官から何かあったら、オーレンドルフ幕僚長が説明しておいてくれ」

「ああ。任された」

「ではまた」

「あ、シグルズ様!」


 シグルズとヴェロニカは指揮装甲車を飛び出し、イジャスラヴリの中心部へと飛んだ。


 ○


「あれかな……」


 非常に目立って分かりやすいイジャスラヴリ城は空襲で破壊してしまった。伯爵の屋敷かと言われると微妙なくらいの規模の屋敷が見えたが、それが目当ての場所かは分からない。


「どうでしょう――あ、シグルズ様、前方に魔導反応です!」

「当たりのようだね。それにかなりマズいみたいだ」

「ですね。降りましょう」

「ああ」


 魔導探知機を頼りに進むと、数十人の完全武装の魔導兵が撤退中とは思えない様子で隊列を組み歩いていた。シグルズとヴェロニカはその真正面に堂々と着地した。


「な、なんだお前達!」


 ダキア兵は驚いて魔導弩を向けたが、停戦中であることは弁えているのか、中途半端な角度に下げて対応を決めかねているようだ。


「見て分かるだろう。僕はゲルマニア軍第18師団のシグルズ・フォン・ハーケンブルク。因みにこっちはヴェロニカ。で、君達こそ、こんなところで何をしているんだ?」

「わ、我々は、撤退の作業をしていただけだ」

「それに魔導装甲が必要か?」

「き、着ていた方が楽だろう。わざわざ持ち運ぶよりも」

「そんな言い訳が通るとでも? 差し詰め、捕まえていたイジャスラヴリ伯の家臣を殺しにでも来たのだろう?」

「くっ……」


 図星だったようだ。兵士達は弩を持ち上げ、シグルズとヴェロニカを撃とうとする。だが、まだ迷いがあるようだ。シグルズはこんなところで面倒を起こしたくないと、あくまで対話で事態を解決しようと試みる。


「こんなところで騒ぎを起こせば、すぐに停戦交渉は破棄されるだろう。その時は、君達はゲルマニア軍の大砲の前に灰燼と帰すこととなる。それでもいいのなら、その矢を放つといい」

「し、シグルズ様……どうして煽るようなことを……」

「大丈夫」

「…………」


 ヴェロニカがおどおどとしているのは気にも掛けず、シグルズは威風堂々と兵士に語り掛ける。そして十数秒の後、彼らは弩を納めた。


「……分かった。無用な争いは望まない。一度出直すとしよう。ただしこのことはアレクセイ様に報告させてもらうからな」

「賢明な判断だ」


 強がりながらも兵士は去った。そしてシグルズとヴェロニカは、彼らが目指していたであろう一室に辿り着いた。


 扉を開けると中くらいの会議室くらいの広さの暗い部屋に十数人の人間が詰め込まれている。その一人が話しかけてきた。


「き、君達は、ゲルマニア軍人か……?」

「はい。イジャスラヴリ伯を殺害したピョートル大公の悪事を白日の下に晒すべく、あなた方を助けに来ました」


 シグルズは重要な証拠人を確保することに成功したのであった。

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