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イジャスラヴリ陥落

「ほう。つまりは司令官殿は、その気になれば我が軍を簡単に捻り潰せると仰るのですね?」

「語弊を恐れずに言えば、そういうことになります。あなたであればお分かりでしょう。この戦況でダキア軍に勝ち目はないと」

「確かに我が軍は戦力で劣勢であり、かつ完全に包囲されています」


 アレクセイはその事実までなら認める。下手に威勢を張ってもいいことはないだろう。


「しかしながら、それは市民を守りながら戦っているが故のこと。我々がイジャスラヴリと共に玉砕する覚悟を決めれば、ゲルマニア軍とて無事では済まないでしょう」

「なるほど。しかし我が軍は防御に関しては自信がありましてな。魔導兵運用の本家であるヴェステンラント軍の攻勢を、一年以上防ぎ続けています」

「それは遥々新大陸から侵攻してきているヴェステンラント軍が、損害を出すのを嫌っているからでしょう。あなた方も、もしもヴェステンラント軍が犠牲を顧みない攻勢を始めれば、ただでは済まないかと」

「彼らが農民の犠牲を恐れていると?」


 唐突に始まる自軍自慢と化したこの言い争いは平行線。何も有益なものは生み出せそうにない。


 と、その時だった。


「司令官閣下、ザイス=インクヴァルト司令官より、急ぎの通信が入っております」

「何? ……後にしてくれ。今は忙しいんだ」

「それが……何としてでも今すぐに通信がしたいとのことでして……」

「あいつがそんなことを言うとは……分かった。アレクセイ殿は、暫しお待ちください」

「は、はあ……」


 アレクセイはポツリと取り残され、ローゼンベルク司令官は仮設の通信室に向かう。


「こちらローゼンベルク司令官。どうぞ」

『やあ、ザイス=インクヴァルト司令官だ。元気にしているかね?』


 ザイス=インクヴァルト司令官は無駄に陽気な声で話しかけてくる。ローゼンベルク司令官は当然腹が立った。


「ヴィルヘルム、暇つぶしに通信を寄越したんじゃないだろうな? それだったら今すぐ切るぞ」

『フランツ、私がかつてそんな馬鹿をしでかしたことがあるかね?』

「……ないが……だったら言え。何の用だ?」


 交渉の最中に抜け出すなど無作法極まりない。ローゼンベルク司令官はとっとと戻りたかった。


『君は今ホルムガルド公アレクセイと交渉の真っ最中。そうだな?』

「ああ。だからさっさと話を終わらせたい」

『よろしい。それについて、私からささやかな助言をしに通信をした』

「助言?」

『ああ。ホルムガルド公からの要求、それは全て呑みたまえ。我々からはダキア軍が妨害行為をしないことだけ要求しろ』

「は? どうして敵を逃がしてやる必要がある。それではこの戦争が長引くぞ?」


 それは早急に増援が欲しい西部方面軍としても好ましくないことの筈だ。だがザイス=インクヴァルト司令官は嘲笑うように続ける。


『まったく、君は目先のことしか見えていないな。そもそも通常の手段で、残り1ヶ月以内にダキアを降すなど不可能だ』

「……まあな。総統にはそんなこと言うなよ?」

『無論だとも』


 実際無理がある計画だというのは、ローゼンベルク司令官も思っていた。まあそれをやり遂げるのが軍人の仕事ではあるが。


「で? それが敵を逃がすこととどう関係する?」

『簡単なことだ。我々がこの目標を達成するには、キーイ大公国を使うしかない。ダキアを内部から崩壊させるのだ』

「……つまり、降伏するものには寛大な処置があると諸侯に知らしめると?」

『おお、分かるじゃないか。その通り。敵を逃がし我が軍の公明正大さを見せつけた方が余程よい』

「だが、敵の主力部隊は完全に温存されることとなる。これはどうするつもりだ?」

『無駄に広いダキアの地に戦力が点在するより、一網打尽にした方がいいだろう?』

「……分かった。私は正直、そういう謀略は得意ではないから、お前に従うこととするよ」

『懸命な判断だ』


 実際のところザイス=インクヴァルト司令官も急いでいた。これまでなかった他方面軍への干渉はその証拠である。


 〇


「お待たせしてしまい申し訳ありません、アレクセイ殿」

「いえ、構いませんよ。因みに、先程はどのような通信で?」

「それがですね……」


 ローゼンベルク司令官はわざとらしく肩を落とす。


「申し上げますと、先程のは我が総統からの通信でして、可能な限り民間人を保護せよとの命令を受けたのです」


 嘘を吐いた。だがアレクセイはその点については特に疑っていないようだ。


 何故に総統がどうたらと嘘を吐いたのかと言えば、それはゲルマニア軍により大きな利があるとアレクセイに気付かせない、ないしそれをゲルマニア軍は狙っていないと思わせる為である。


「ほう……」

「ええ、つまりは、今回の和平交渉は総統命令によって成立することとなりました。あなた方は今すぐに準備を整え、イジャスラヴリから去って下さい。我々は妨害しません」

「それはそれは……」


 アレクセイは喜びと困惑と疑いの混ざったような声を出す。


「いやはや、上の命令で現場の努力が吹き飛ばされるのは、万国共通のようですね」

「まったくですな」


 今回のは嘘だが、こういうこと自体はよくあることで、両名は初めて感情を共にした。


 その後ダキア軍はすぐさま撤退を開始した。そしてゲルマニア軍の謀略が始まる。

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