イジャスラヴリ総攻撃Ⅱ
「機甲部隊、前進!」
後方の指揮装甲車に腰掛けながら、シグルズは命じる。戦車、装甲車の配備は大分進んできており、今回は全ての師団に30両の戦車と40両の装甲車を擁する戦車大隊が設けられている。
これを先鋒とし、一気呵成にイジャスラヴリを陥落させるのである。
けたたましい走行音を立てながら鋼鉄の車両は市内へ堂々と侵入した。やがて市街地に突入すると、敵の抵抗は始まる。
「シグルズ様! 敵の攻撃です!」
「ああ。これなら問題ない」
装甲車の屋根を打ち付ける甲高い金属音。魔導弩による攻撃である。だが例によって、それらが戦車や装甲車に有効打を与えることは出来ない。
「ヴェロニカ、敵に弩砲は?」
「それらしい反応はありません」
「師団長殿、敢えて砲兵に頼る必要もないと思うが、どうする?」
遠距離で戦車の脅威となる敵はなし。であれば、主砲と機関銃で敵を薙ぎ払えばよいだろう。だが一刻も早くイジャスラヴリを落とさねばならないという事情もある。
「……砲撃を命ずる。目標は前方の敵拠点!」
拠点と言ってもただの少し立派なだけの民家だが。
「了解だ」
「は、はいっ!」
オーレンドルフ幕僚長に意外そうな様子はなかった。ヴェロニカはいつも通り反応が過剰だが。
東部戦線で戦い続けてきたゲルマニアの優秀な砲兵は、一発目から早速至近弾を出す。観測手からの情報で射角を少々修正すれば、もう目標に直撃だ。
所詮は車載の戦車砲と比べ、本物の砲兵の火力は遥かに大きい。2発程度で家は木っ端微塵に吹き飛ばされ、すぐに周辺一帯が瓦礫の山となった。
「命中だな。これで十分だろう」
「魔導反応も減っています!」
「よし。全車、前進!」
瓦礫くらいなら戦車でも装甲車でも簡単に乗り越えることが出来た。そのまま前進していると、装甲を再び鉄の矢が叩いた。
「おっと、敵か」
「ああ。撃ち殺せ」
瓦礫の山の中から這い出ようとする魔導兵を、情け容赦なく機関銃で撃ち殺す。それは作業のような淡々とした戦闘であった。
敵の中には最後の力で弩を乱射してくる者もあったが、機甲部隊には何ら意味を持たず、たちまち死体になった。
「周辺の魔導反応、消失しました」
「よし。歩兵隊を前進させ、陣地の確保。他はこのまま前進せよ」
「はいっ!」
地球の市街戦では戦車を単独で前進させるなど正気の沙汰ではないが、この世界では問題ない。結果、小規模な電撃戦のような戦い方が可能である。
「シグルズ様、前方に多数の魔導反応です!」
「……その地点を砲撃せよ!」
「はっ!」
抵抗する者は空から降り注ぐ砲弾に粉砕される。大勢の市民が巻き添えで粉々になっていることには、誰も言及することはなかった。
〇
全方面からゲルマニア軍が侵攻し、イジャスラヴリは窮地に立たされていた。圧倒的な射程を誇るゲルマニア軍の砲兵の前には魔導兵など役に立たず、野戦よりも戦況は悪い。
「アレクセイ様、このままでは我が軍は何らの反撃も出来ずに壊滅してしまいます。ここはいっそ、打って出るべきかと」
「白兵戦に持ち込めば砲兵も動けない、か」
「はい。その通りです」
「しかし……戦車と正面から殴り合って勝てるかと言われれば……。やはり対戦車兵器がないのが問題だな……」
戦車を撃破する手段がほぼないに等しいのが問題である。最接近して魔導剣で装甲を貫くことは可能だが、その前に機関銃に撃ち殺されるだろう。イジャスラヴリでこれ以上の抵抗を続けるのは絶望的と言える。
「どうしましょうか……」
「ゲルマニア軍が無差別な砲撃を始めた以上、この都市では守り切れない。それはもう、受け入れるしかない事実だ」
「アレクセイ様……で、あれば……」
「…………我々は、この都市を捨てる。反撃の為の戦力を温存するには、これしか手段はない。本当に無意味に大勢の市民を殺してしまったな……」
「そ、それは……」
ゲルマニア軍に対する人間の盾として市内に市民を残した。だがゲルマニア軍はそれを全て敵とみなし、殲滅戦を開始した。これでは何もかも意味がない。
「しかし、捨てると言っても、この完全に包囲された状況下でどうすれば……」
「ゲルマニア軍と交渉するしかない。この都市をそっくりそのまま割譲する代わりに、守備隊を撤退させよと」
「はっ。すぐに準備を致します」
即座にゲルマニア軍に魔導通信が打たれた。この要請を受け、まずゲルマニア軍とダキア軍は数時間だけの休戦を約束し、交渉の席に着くが出来た。
「また会うことになろうとは思いませんでした、ローゼンベルク司令官殿」
「私もです、ホルムガルド公爵様」
勝者の余裕というものだろう。ゲルマニア軍は極めて礼儀正しく敵の最高司令官を迎え入れた。そしてローゼンベルク司令官とアレクセイは対面する。オブラン・オシュでの停戦交渉以来の再開であった。
「先に伝えた通り、我々からの要求は一つだけ。我が軍の部隊がこの都市から撤退するのを一切妨害しないことです。そしてその対価として、我々はこのイジャスラヴリを明け渡します」
「ふむ……イジャスラヴリなど、我々がこのまま戦闘を継続すれば手に入るもの。その為だけに敵を見逃せというのは、対価として釣り合っていないように思えますな」
ローゼンベルク司令官もそう簡単に受け入れる訳にはいかない。