イジャスラヴリ総攻撃
「――なるほど。誰も出てこないのはそういうことか」
シグルズはオステルマン軍団長に現在の状況とその原因の予想を伝えた。まあ推測と言っても、ダキア軍が市民を市から出さないようにしているのは間違いないだろう。
「はい。問題は、どう考えても民間人が市内に大量に残っていることです」
「私達は、イジャスラヴリから出てこないんだったら全て敵だと既に宣言している。だったら徹底的に攻撃してもいいんじゃないか?」
「閣下……流石にそれは……」
「じゃあどうすればいいって言うんだ、ハインリヒ?」
「それは…………」
結局のところは感情の問題である。理論の上でも戦術の上でもイジャスラヴリを徹底的に破壊するのが最適解ではあるのだが、流石のゲルマニア軍人でも誰もそんなことはしたくないのである。
であるからして、この問題に答えは存在しない。理性か感情か、どちらかを犠牲にせざるを得ないのだ。
「この問題は、我々前線司令部だけでどうこうしていい問題ではありません。総統官邸に問い合わせるべきではありませんか?」
ヴェッセル幕僚長は言う。ゲルマニアの威信にも関わるこの問題を最前線の人間だけで決めるべきではないと。
「うーむ……そうだな。まあそういう決断は総統閣下に押し付けるとしよう」
「は、はあ……」
オステルマン軍団長は面倒ごとをヒンケル総統に押し付けることにした。
○
「何? オステルマン軍団長から通信?」
執務室のヒンケル総統は少々驚いた。通常、オステルマン軍団長はまずローゼンベルク司令官に話を通すべきだからである。
「はい。閣下と直接通信を望んでおられるとのことです」
「そ、そうか。まあいい。繋げ」
「はっ」
ヒンケル総統は通信技師から魔導通信機を受け取った。
『閣下、東部方面軍イジャスラヴリ攻略軍のジークリンデ・フォン・オステルマン軍団長です』
「ああ。で、何の用だ? 何か問題があったのだろう?」
『はい。申し上げます――』
オステルマン軍団長は状況を報告した。
「なるほど……ダキア軍が市民の避難を妨害し、人間の盾にしているということだな」
『はい、そういうことです』
「地道に攻城戦をする時間的な余裕はない、か……」
『はい。私が閣下にご決断願いたいことはただ一つです。現実問題として、我々はイジャスラヴリを破壊し早急に陥落させる必要があります。なので、閣下にはその許可を出していただきたいのです』
実際のところ、どう攻めるかは完全にオステルマン軍団長の自由である。これはあくまで、総統の命令ということにして兵の士気を下げない為の措置だ。それとオステルマン軍団長のちょっとした保身も。
「……どうしても民間人を攻撃せざるを得ないか?」
『イジャスラヴリの精々20万人の命と、ゲルマニア7,000万臣民の安全。天秤にかければどちらが重いかは明らかです』
「…………分かった。検討などしている時間はない。ゲルマニア総統として、イジャスラヴリへ総攻撃を行う許可を与える」
『はっ。ありがとうございます』
オステルマン軍団長の通信は非常に短く終わった。
「しかし、こんなことを事後報告するとは……。はあ……」
ヒンケル総統は派手に溜息を吐いた。
○
ヒンケル総統からの許可を受け、オステルマン軍団長は師団長たちを再び集めた。
「諸君、総統閣下からの許可が下った。これより我々は、市内に存在する人間を全てダキア軍の協力者とみなし、総攻撃を開始する。容赦は不要だ。最速でイジャスラヴリを陥落させよ!」
最終的にこうなることは、まあ誰もが分かっていた。ただ思っていたより早く決断が下った、ただそれだけである。
「――ということだ。これより、僕達も攻撃を開始する」
シグルズは第18師団の面々にオステルマン軍団長の決定を通達した。
「それなら、私より一つささやかな提案があります」
アドルフ・ゴットハルト・ナウマン医長は言った。医長のくせに機関車や戦車の操縦から砲撃までこなす何でも屋である。因みにシグルズの父の知り合いらしいが、正直言ってシグルズには関係のない話だ。
「提案?」
「はい。少しでも兵の負担を和らげる方法です」
「おお、医長っぽいことを言うじゃないか」
「いえ、そうではありません。私が提案したいのは砲兵についてです」
「砲兵?」
「はい。砲兵というものはある意味、何を撃っているのかは知らないものです。人間の視界より遥か遠くを狙いますからな」
「確かに」
零距離射撃を除き、砲撃の目標を砲手が直接確認することは出来ない。それをするのは観測手である。観測手から伝えれられた諸元を基に、砲兵が照準を調整するのである。
「であれば、こうしましょう。目標に民間人がいるという事実は砲兵には伏せるのです。そうすれば、彼らは何も考えずに砲撃が出来ます」
「観測手はどうするんだ?」
「彼らは直接目標を攻撃している訳ではありません。そこまで負担にはならないでしょう」
「そういうものか……」
「そういうものです」
「分かった。では攻撃を開始しよう。総員、戦闘態勢!」
シグルズは正直言って砲兵隊の気持ちなど分からないが、ナウマン医長が言うなら正しいのだろう。砲兵隊には目標が民家だという事実は伏せつつ、第18師団はイジャスラヴリへの総攻撃を開始した。




