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人道回廊

 町中にバラまかれたビラによって、ゲルマニア軍が市民の避難への猶予を設けていることは、たちまち全市民の知るところとなった。


 市民は当然逃げようと試みる。数万の市民が衣服や食糧を携え、通りを占拠した。


 だがそんな彼らの前に、黒い翼を背中に生やした飛行魔導士隊が現れた。一体何事なと、市民はざわつく。


「えー、市民の皆さん、私は飛行魔導士隊のエカチェリーナ・ウラジーミロヴナ・オルロフです」


 魔法で声を大きくし、エカチェリーナ隊長は民衆に呼び掛ける。


「たった今、ホルムガルド公爵様から、イジャスラヴリ市民の一切の外出を禁止する触れが出されました。よって、当然のことながら、イジャスラヴリから脱出することは違法となります」

「そ、そんな馬鹿な!」「逃げるだけの何がいけないんですか!?」「我々に死ねと言うのか!」


 民衆は抗議の声を上げる。だがエカチェリーナ隊長は動じない。いや、動じた素振りを見せる訳にはいかなかった。


「落ち着いてください! ゲルマニア軍による宣伝は、全てでたらめです。この難攻不落の城塞都市から逃げようとしたあなた方を撃ち殺すつもりなのです」

「そ、それはそうかもな……」「確かにゲルマニアを信用出来るかと言われると……」


 ダキアで最初に大量虐殺の被害を受けたイジャスラヴリだ。ダキア軍は信用していないが、同じくらいゲルマニア軍も信用していない。


 エカチェリーナ隊長の説得(という名の嘘)を信じ、市民の過半は家に帰った。だが飛行魔導士隊を信用出来ない者はその場に残る。残ったものだけでも数千人はいるだろう。


「どうしても動かないつもりですか!」

「あんたらなんか信じられるか!」「こんなところはおさらばだ!」

「……もしも抵抗する場合、武力を以て鎮圧することが、大公殿下に許されています。皆、構え!」


 飛行魔導士隊は一斉に機関銃を構えた。ゲルマニア軍から鹵獲したものである。銃弾もたんまりと入っている。


「し、市民を撃つ気か!?」

「あなた方がここを去らないと言うのなら、撃ちます」

「やっぱりだ! こいつらは市民を盾にする気だぞ!」


 誰かが放ったその言葉が引き金となった。


「逃げろっ!!」「殺される!」「走れ!!」


 銃を向けられた上に、その言葉。市民はたちまち恐慌に陥り、我先にと市外へと走り出し始めた。数十人の人間が巻き込まれ死亡するほどの悲惨な人の群れ。


 そしてエカチェリーナ隊長には、それを堰き止める義務がある。


「た、隊長!」

「……撃ちなさい! 撃てっ!!」


 民衆を空から包囲した飛行魔導士隊は、一斉に機関銃に引き金を引いた。四方八方から数千数万の銃弾が飛来し、兜も着けぬ民衆はたちまち草を刈るように薙ぎ払われた。


 通りは血に染まり、死体が道を塞ぎ、逃げ惑う人々の悲鳴は銃弾に搔き消された。


 エカチェリーナ隊長は特に市外への道を厳重に封鎖していた。ゲルマニア軍の許に逃げ延びることの出来た市民は皆無であり、死ぬか市内に戻るしか、彼らに選択肢はなかった。


「た、隊長……こんなことって……」


 アンナ副長は泣き出しそうに。


「これが戦争よ。これでいい。ええ、これでいいのよ……」

「そんな…………」


 何の罪もない自国民を大量に虐殺した。飛行魔導士隊ですら、何人もの魔女が嘔吐せざるを得なかった。


 ○


 ACU2312 9/25 イジャスラヴリ郊外


「うーん……誰も来ないな…………」


 シグルズは人っ子一人見当たらない通りを眺めながらぼやく。シグルズの第88師団は、市民を避難させる計画の言いだしっぺとして、市民の受け入れを任されていた。だが丸一日経っても市外に避難してくる人間はいなかった。


「おかしいですよね……?」


 ヴェロニカには何か嫌な予感がよぎっていた。


「そうだね……イジャスラヴリ市民全員が玉砕を決め込んでいるとは考えられなちい」

「であれば、ダキア軍が避難を妨害していると考えるのが自然だな」


 第18師団、グレーテル・ヨスト・フォン・オーレンドルフ幕僚長は平然と言い放つ。


「その、妨害というのは……」

「外出禁止令を出して、逃げようとする市民を殺している。そんなところかな」

「十中八九、そうだろうな」

「しかし、どうしてそんなことを?」

「僕達の目的を逆に使われたってことだね。市内に市民が残っていればこっちが大規模な攻撃は行えないと分かっているんだろう……なかなか汚い真似をしてくれたな……」


 まあダキアの文民を大勢殺しているゲルマニア軍に言えたことではないが、自国民を積極的に戦闘に巻き込んで利用しようとするダキア軍のやり方にはやはり怒りを覚える。


 もっと現実的には、シグルズの策がいとも簡単に無力化されてしまった。これは問題だ。


「ど、どうされるんですか? このままではイジャスラヴリに攻撃を仕掛けられませんよね?」

「ああ、そういうこと。弱ったな……」

「師団長殿、私も心苦しいが、逃げて来なかったということは敵だと、強弁出来なくもないのではないか?」

「……まあな」


 元より全ての市民を避難させることが無理なのは想定済みだ。市内に残った人間は全てダキア軍の協力者だと見なし、あらゆる攻撃を徹底的に行うのは、不可能ではない。

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