イジャスラヴリ包囲戦
ACU2312 9/21 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「ガラティアが大八州に攻め込んだ……か」
「はい。彼らはおよそ40万の大軍を率い、侵攻を開始しました……」
リッベントロップ外務大臣はただただ困惑したような声で。ガラティアがまさかこんな手段を取るとは、誰も予想出来なかった。
「それで、誰の味方として参戦したんだ?」
「謀反を起こした曉を討伐することを大義名分としておりますから、武田や嶋津の味方かと」
「ということは……間接的にヴェステンラントの敵になったということか」
「はい。そうなります」
曉はヴェステンラントと一時的とは言え同盟を結んだ。であれば、それを討伐しようとするガラティアは、間接的にヴェステンラントを敵に回したことになる。
「それは我が国にとって、取り敢えずは利益となるのではないか?」
「確かに、今のところはそうなります。しかしアリスカンダルは、かつて世界の果てから果てを領土にすると公言した男。どうなるかは分かりません」
「その野望が再び燃えているかもしれないということか……」
ガラティアの本当の目的が領土拡大であることは明らかだ。ヴェステンラントに敵対しているとは言え、手放しには喜べない。
「しかし閣下、敵の敵は味方と申します。今はガラティアに賛意を示しておくのがよろしいかと」
カイテル参謀総長は言った。確かに今ガラティアの機嫌を損ねるのはいい策とは言えない。
「分かった。一先ずはガラティアに賛同しておくこととしよう。だがその戦況は一切見逃さぬよう、注意を怠るな」
「ははっ」
ゲルマニアは今のところはガラティアを支持することとした。今のところは、であるが。
○
ACU2312 9/21 ダキア大公国 オブラン・オシュ
ゲルマニアの感想としては困惑が最も大きな部分を占めるガラティアの大八洲侵攻。だがその敵国は、これを非常に重く見ていた。
「ガラティアがヴェステンラントの敵となるか……」
「はい、殿下。残念ながら、そのようです……」
ガラティアに大八洲を助ける気があるとは思えないが、ヴェステンラントと対立することを選んだのは確か。これが何を意味するのか。
「ガラティアは先程……我々へのエスペラニウムの支援を打ち切ると通告してきました」
「そうか……。我々への支援は、もう終わりか」
「はい。食糧支援を続けてくれているだけ、まだ喜ぶべきかと」
敵の敵は味方という論理に基づけば、ガラティアは完全にゲルマニアの見方となったことになる。まあこの世界はそんな単純には回っていないが。
とは言え、少なくともガラティアがヴェステンラントを利することをしくなったのは事実。もう軍事的な支援は期待出来ない。ピョートル大公が守りたかった民の為に食糧の支援をしてくれているだけ、まだマシと考えるべきだろう。
「……まだヴェステンラントからの支援は続いている。我々にはまだ力が残されている」
「……まだ戦われますか?」
「当たり前だ。我々は、この母なる大地をゲルマニア人の手から必ず守り抜く」
「であれば、まずはイジャスラヴリが試金石となるでしょうな……」
「ああ。アレクセイの勝利を、祈ろうではないか」
全面攻勢の前哨戦。イジャスラヴリ一つに最早戦略的な価値はないが、その勝敗が両軍の士気に大いに関わる戦いとなるだろう。
〇
ACU2312 9/23 ダキア大公国 イジャスラヴリ
ガラティアと大八洲の戦争は聞かなかったこととして、ゲルマニアとダキアは戦闘を開始した。ゲルマニア軍はオステルマン師団長の率いる10個師団、およそ15万人を以て、イジャスラヴリへと侵攻する。
道中のいくらかの砦を軽々と落とし、ゲルマニア軍はイジャスラヴリを直接観測出来る距離にまで素早く進軍した。
「実物を見るのは初めてだが、こいつは酷いな」
ゲルマニアの師団長の中で唯一の女性にして、イジャスラヴリ侵攻軍の軍団長を任されている第18師団のジークリンデ・フォン・オステルマン師団長は、苦々しい表情を浮かべていた。
彼女が双眼鏡で覗く先には、その半分が焼け焦げた瓦礫の集積場となっているイジャスラヴリがある。
「確かにこれは、空から爆弾を落とすだけでも十分に効果があるようですね」
第18師団のハインリヒ・ヴェッセル幕僚長は感心したような声音で言う。あまり衝撃を受けてはいないようだ。
「焼夷弾だったか?」
「はい。家屋を焼くことに特化した爆弾だそうです」
「ほーう。とは言え、兵士は山ほどいるようだな」
「はい。敵兵はざっと見て4万と言ったところですね」
崩れかけの城壁に囲まれた市内には4万程度の兵士が見て取れた。実際はもう少し多いだろう。
「魔導兵は恐らく2万程度でしょうが……」
「立て籠られると面倒だな」
攻撃三倍の法則なるものもあるし、相手には魔導兵もいる。決して油断出来る戦いではない。
「どうするのがいいと思う、ハインリヒ?」
「本気で市街戦に持ち込まれると厄介です。まずは包囲がよろしいかと」
「だな。増援も来ないだろうし」
2万の魔導兵というのはこの周辺で確認されている魔導兵のほぼ全てである。ゲルマニア軍にとって脅威となるような援軍が来ることはないだろう。