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イジャスラヴリの乱Ⅱ

「伯爵様!!」「伯爵!!」


 ――そうなるわよね……


 銃声を聞きつけた護衛の兵士が次々となだれこんでくる。そこにはイジャスラヴリの死体とエカチェリーナ隊長だけがあった。


「き、貴様! 伯爵様を殺したのか!?」

「……ええ。我々の正当な要求に対し抵抗を試みられましたので、やむなく射殺しました」

「この悪魔! ピョートル大公の犬が! あんな阿呆に従っていればダキアは滅びると気付かぬか!?」

「なるほど。これは伯爵の独断ではなく、あなた方が揃いも揃って結託して起こしたことなのですね……。であれば、あなた方は全て拘束しなければなりません」

「……」


 兵士達は銃を抜こうとするが、エカチェリーナ隊長はそれを大声で静止する。


「馬鹿なことはやめなさい! ダキアで最強の魔女である私に、ロクな魔法も使えないあなた方が銃を持ったとしても勝てないわ」


 虚勢だが、こう言っておいた方が無駄な戦いを避けられるだろう。実際、彼らはその言葉に怖気付いたようだ。


「…………分かった。我々は伯爵様の遺志を継ぐ。無意味な死を産みはしない。皆、銃をおけ!」

「理性的な行動に感謝します」


 兵士達は次々と床に銃を置き、一触即発の事態は辛うじて回避出来た。イジャスラヴリ伯は死んでしまったが。


「では、この場の指揮は一時的に飛行魔導師隊が執ります。皆さんは我々の指示に従ってください。ここから出ることは禁じます」


 飛行魔導師隊は屋敷を包囲した。イジャスラヴリ伯が殺されたという情報を誰にも流さない為である。とは言え、その唯ならぬ雰囲気は市民の多くに伝わっていたが。


「隊長、この先、どうするんですか……?」


 アンナ副長は不安そうに尋ねた。伯爵を殺害するなどというとんでもないことをやらかしてしまったのだ。不安になるのも無理はない。


 そしてエカチェリーナ隊長もまた、ここまで事態が悪化することは想定しておらず、どうすべきか決めかねていた。


「……取り敢えず、ここであったことを一切外に漏らさないこと。特に市民に伯爵が死んだと知られるのはマズいわ」

「その先は……?」

「親衛隊に任せましょう。ホルムガルド公に通信を」

「は、はいっ!」


 親衛隊に事態の対処を任すべく、飛行魔導師隊は情報統制を試みる。だがその試みは早くも失敗していた。


 〇


 ACU2312 9/15 帝都ブルグンテン 総統官邸


「何だと? イジャスラヴリ伯が殺された、だと?」

「はい……。ピョートル大公は――いや、ピョートルは、和平を望む伯爵様の意志を否定し、無惨に殺害するに至ったのです」

「そうか……よくぞその情報を伝えてくれた、アザク子爵」


 ピョートル大公にイジャスラヴリ伯の計画を密告したアザク子爵は、ゲルマニアに亡命してきていた。


「私はダキアの民を思って動いただけのことです」

「うむ……」


 ヒンケル総統は悔しそうに俯く。平和的に戦争を終わらせる可能性が一つ、途絶えてしまったのだ。


「アザク子爵、我々はどうするべきだろうか」

「恐れながら、ピョートルの蛮行を諸侯に知らしめて頂きたい。そして、イジャスラヴリを速やかに解放して頂きたいのです」

「前者はいいだろう。我々にとって利益となる」


 ピョートル大公が恐怖で国を纏めようとしていると知れば、諸侯はこぞってキーイ大公国に逃げ込んで来るだろう。


「しかし、イジャスラヴリへの侵攻というのは、そう急に出来るものではないと思うが……ローゼンベルク司令官、そこはどうだ?」

「イジャスラヴリへの限定的な攻撃ならば、準備は整っていますよ」


 ローゼンベルク司令官は自信満々に。


「そうなのか。……いや、おかしな話ではないか」

「元々全面攻勢を予定していましたからね」


 全戦線での攻勢に向け、東部方面軍は準備を進めてきた。その一部を使えば一つの都市を攻撃するくらい造作もない。


「……よし。ではダキア諸侯にこの事実を公表し、イジャスラヴリへ侵攻せよ。またキーイ大公国に保護を求めてきた諸侯については、以後、直ちにその身を保護するようにせよ」

「はっ!」


 ゲルマニア軍は早速、イジャスラヴリへの攻撃を開始した。その大義名分はダキア大公国からの解放である。


 〇


 その日の夜、アザク子爵はザイス=インクヴァルト司令官に呼び出されていた。


「よくやってくれた、子爵殿。貴殿のお陰でダキアはすぐに沈むだろう」

「……イジャスラヴリ伯様を死に追いやってしまいました。これでよかったのでしょうか……?」


 ピョートル大公にイジャスラヴリ伯の裏切りを密告したアザク子爵。だが実は、その行動はザイス=インクヴァルト司令官にしじされたものであった。


「ああ。彼の犠牲は、数千万のダキア人を救う為に必要だった。これでピョートル大公の残虐な本性を知った諸侯は次々に離反するだろう。そうすればこの戦争をやっと終わらせることが出来る。そして平和が訪れるのだ」


 実際のところは東部戦線を早々に終結させて西部の戦争を続けたいだけであるが。


「……はい。しかし何故、貴方以外の方は誰もこのことを知らなかったのですか?」

「我らの総統閣下はお優しい方だ。だが優し過ぎる。我々に縋ってきた者を裏切るなどという策を承諾してくれる筈がないからな」

「……では私も口を噤むとしましょう」

「そうでなければ君を殺している」


 ザイス=インクヴァルト司令官は不敵な笑みを浮かべた。アザク子爵は引き攣った笑みを返した。

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