イジャスラヴリの乱
ACU2312 9/11 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「おお、早速、イジャスラヴリ伯から連絡が来たか」
ローゼンベルク司令官からの報告に、ヒンケル総統は嬉しそうに応えた。
「はい。但し条件として、ガラティア軍の市内への駐屯を求めています」
「ガラティア軍を? 何故だ?」
「我々がイジャスラヴリに不当な支配を行わないことへ、保証が欲しいのでしょう」
「それもそうか。馬鹿な質問だった。私はそれでも構わんが、ローゼンベルク司令官はそれでもいいか?」
「はい。元より他国に見られて困るようなことをするつもりはありません」
実際、近いうちにガラティア軍をダキアに駐屯させることは決定事項だ。その訓練だと思えば悪い話ではない。
「それでこそ帝国軍だ。だが、まずはガラティアに要請しなければな。リッベントロップ外務大臣、問題ないか?」
「はい。まずはこちらで準備を進めます」
とは言え、ガラティア帝国は即座にこれを承認し、イジャスラヴリにその旨が伝えられた。数日のうちにイジャスラヴリがキーイ大公国に参加することが決定されたのであった。
だが、それを黙って見ているピョートル大公ではなかった。
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ACU2312 9/13 ダキア大公国 オブラン・オシュ
「何……? イジャスラヴリ伯が裏切ったと?」
「はい。伯爵の重臣であるアザク子爵が、密告をして来ました。真偽のほどは定かではありませんが」
「彼が裏切ったとは思いにくいが……」
ピョートル大公はその報告に半信半疑であった。
これまでダキアと自分に尽くしてくれたイジャスラヴリ伯爵が裏切るとは信じられなかったが、一方で子爵というそれなりに高位の貴族からの報告を軽んじることも出来ない。
「どうされますか、殿下? 親衛隊を派遣して、確認を取らせましょうか」
「……そうだな。正しい判断を下さねばならない。但し、親衛隊では時間がかかる。飛行魔導士隊を向かわせてくれ」
「はっ。そのように」
飛行魔導士隊がイジャスラヴリに向かうこととなった。
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ACU2312 9/14 ダキア大公国 イジャスラヴリ近郊
廃墟と化した町を見下ろし、十数名の魔女が飛行していた。
「隊長、イジャスラヴリ伯爵様は、本当に裏切ったのでしょうか……?」
リスのような少女――アンナ副長は、黒い外套に身を覆った修道女のような恰好をした女性に問いかける。
「分からないわ。私達はただ、それを確かめるだけよ」
「そ、それはそうですが……」
「でも、そうね、ただの流言飛語だと願うわ」
「は、はい」
「我等の神よ,光栄は爾に帰す,光栄は爾に帰す。アミン……」
エカチェリーナ隊長も、共に戦った彼が裏切ったなど、信じたくはなかった。だが、だからこそ、確かめねばならない。飛行魔導士隊はイジャスラヴリ伯の屋敷に踏み込んだ。
彼女らを出迎えた兵士達の顔は暗く、不穏な空気が漂ってきた。嫌でもイジャスラヴリ伯への疑惑は高まってしまう。
とは言え彼らも義務は淡々とこなし、イジャスラヴリ伯とエカチェリーナ隊長は話し合いの席を持つことが出来た。
「イジャスラヴリ伯爵、我々が何故にここに来たのか、心当たりはありますか?」
「ああ、あるとも。我々がキーイの傀儡政権に従おうとしていると、噂が流れている件についてだろう?」
「その通りです。何か釈明することはありますか」
――どうか嘘だと言ってください……
味方を撃つなど、エカチェリーナ隊長は全く望んでいなかった。だがイジャスラヴリ伯は残酷な事実を告げる。
「……いいや、ない。我々は今、キーイ大公国に参加することをゲルマニアに伝え、それを承認されている」
「なっ……では、それが重大な裏切りだということは承知の上ですか?」
「無論だ。だがそれでも、我々はこのイジャスラヴリに平和が戻るのなら、裏切りでもすると覚悟を決めたのだ」
「……我々は裏切り者を誅殺するよう、ホルムガルド公より命を受けています。よって、あなたも粛清しなければなりません」
「…………」
エカチェリーナ隊長はイジャスラヴリ伯に静かに銃を向けた。
「……君もそうは思わないか、エカチェリーナ隊長? この戦争はもう、無意味だ。ただ敗北を先延ばしすることに何の意味がある? それよりも、ゲルマニアと共存する道を選ぶべきだ」
「ゲルマニアの奴隷となることを、共存とは呼びません」
「確かにな……。だが、今回はガラティアが我々の地位を保証してくれる。それならばまだ、信じられるのではないか?」
「あの腑抜けたガラティア軍に、親衛隊を押さえ込めると?」
「……無理かもしれない。だが、仮にそうだったとしても、親衛隊に殺されようと戦火に巻き込まれ死のうと、民にとっては同じこと。だったら私は、死人が少ない道を選びたい」
「…………」
「…………」
伯爵と隊長は睨み合う。両者が分かりあうことは出来なかった。エカチェリーナ隊長はピョートル大公と共に戦うことを選らんだ。
「そのような危険な思想は、ダキア人の間に存在してはなりません。よって、あなたを拘束します」
「くっ……そうなるのなら!」
イジャスラヴリ伯は懐から拳銃を抜こうとした。だがその瞬間には、眉間を撃ち抜かれていた。