ダキア大公国の対応
ACU2312 9/11 ダキア大公国 オブラン・オシュ
「キーイ、大公国だと……? ふざけるな! 何が大公だ! 売国奴め!」
「殿下、無論私も、裏切り者ウラジミールなどは認めません」
「ああ、あの場で殺しておけばよかった!」
「はい。仰る通りですね……」
ホルムガルド公アレクセイは気まずそうな苦笑いを浮かべながら応えた。ピョートル大公は自分が少々我を失っていると気付き、軽く深呼吸をして心を落ち着けた。
「ゲルマニアはこんなことをして、何がしたいのだ?」
「我らの切り崩しを狙っているのかと。財が保証されるとなれば戦争を続ける意味を失う貴族は、残念ながら多いかと」
「意味だと? 父なる大地を守り、我らの子供達を守ることに決まっているではないか。何を今更……」
「殿下……申し上げにくいのですか、そのように思っている貴族は少数派かと。ここにいる者も……」
「ここにいる者?」
ピョートル大公は会議室に集まった貴族達を見渡す。だが彼らは揃って目線を下げるばかりであった。
「……よかろう。ダキアに降りたい者は去るがいい! ここにいても邪魔なだけだ。ゲルマニアの飼い犬として余生を過ごすがいい!」
「…………」
ここで席から立ち上がれるほど図太い貴族はダキアには存在しなかった。まあこれもピョートル大公の策なのだろう。彼らは特大の釘を刺された訳だ。
「――よろしい。ここにいる諸君は、貴族としてあるべき姿を心得ているようだ。私は安心したぞ」
「……我らは、殿下に最後まで付いていきます」
貴族達は次々に頭を下げた。和平という言葉を口に出来る者は消えてしまった。
「さて――ゲルマニアは全世界にキーイ大公国の構想を発表したのだな?」
「はい。このことを知らぬ貴族はおらぬでしょう」
「分かった。ここにいる諸君はよき貴族であるが、必ずしも全てのダキア貴族が善良だとは限らない。よって、ホルムガルド公には、親衛隊を使い、特に最前線の貴族達の監視を任ずる」
「――はっ。裏切り者がいましたら、速やかに誅殺します。そんなことがないことを祈りますが……」
「頼んだ」
「はっ!」
今のところはキーイ大公国への参加を表明した貴族はいないが、果たしてどう転ぶかはまだ分からない。
ピョートル大公は未然に策を講じておくこととした。
〇
ACU2312 9/11 ダキア大公国 イジャスラヴリ
最前線の貴族の代表であるイジャスラヴリ伯は大いに悩んでいた。ガラティア帝国がわざわざ重い腰を上げたこの構想には、それなりに信ずるに足るものがあった。
「市民の犠牲をこれ以上増やさぬ方法は……キーイ大公国とやらに加わることだ。そうすれば、この戦いは終わる」
数人の信用出来る人間だけを集め、伯爵は密議を開いていた。正直言って、戦争を止められるのならば何でもいいとすら、彼は思っていた。
「伯爵様……しかし、やはり私は、ゲルマニアは信じられません」
「アザク男爵、信じることなど出来ないのは私も同じだ。だが我らのピョートル大公殿下とて、戦では負けを繰り返すばかりで、この戦争を終わらせる戦略すらない」
「大公殿下を信じられないと仰せですか……?」
「……その通りだ。この戦争でよく分かった。私にとっては結局、この街が一番大切なのだ。今は廃墟と化してしまっているが」
「伯爵様のお気持ちはよく分かりますが……」
ピョートル大公の国を守りたいという意志は本物だろう。さもなくばここまで激烈な抵抗を演じは出来ない。しかし彼の成果だけを客観的に見てみれば、戦争が始まって以来ただただ押され続けている。
何度か防衛には成功し、一度はオブラン・オシュからゲルマニア軍を追い出せたものの、それはゲルマニア軍の補給に問題があったからで、ピョートル大公の戦果とは言い難い。
このまま彼に付いていて、果たして平和が訪れるのかと、イジャスラヴリ伯は疑問を懐かざるを得なかった。
「しかし、これは裏切りです。もしもしくじれば、我々は未来永劫愚か者の烙印を押されることでしょう」
「だが……私にはダキアが勝つ未来というものが全く見えないのだ……」
「それは……ええ……」
ゲルマニア軍が圧倒的に優勢であることはもう誰にも分かっている。ダキアが勝てるなどと考えている者は現実逃避しているだけだ。
「しかし情勢は変わりつつあります。大八洲が内戦状態に入ったことで、ヴェステンラントがゲルマニア方面に兵力を回してくれる可能性は大きく上がりました」
「確かになあ……」
ゲルマニアがキーイ大公国などというものに頼っているのは、ゲルマニアに危機が迫っているからである。そしてその危機とは、ダキアを利するものである。
「とは言え、ゲルマニアもそれを見越して直ちに攻勢を仕掛けてくるだろう。その時に真っ先に戦場となるのはここだ」
「はい……」
そして彼は決断を下す。
「――決めたぞ。私はピョートル大公殿下を裏切るっ! キーイ大公国に加わり、せめてもの平和を勝ち取るのだ」
「本当に、よろしいのですね?」
「ああ。構わん。但し、条件としてガラティア軍の駐屯を認めるように伝えてくれ。そのくらいなら安いものだろう」
「はっ」
ガラティア軍に内政の独立を保証してもらうのだ。そうすれば民にも示しが付く。これがイジャスラヴリの歩む道だ。