キーイ大公国の建国
ACU2312 9/10 ダキア大公国 首都キーイ
今はゲルマニア軍の占領下にあるが、本来は名実ともにダキア大公国の首都であるキーイ。戦時下においては両軍にとってどうでもいい都市と見なされていたが、今日ばかりは熱気に包まれていた。
多くの貴族、将校が行き交い、数千の兵士がこの隊列を護衛している。キーイ中央の政庁に集まった人々は、これからとある式典を開こうとしている。
高さ2パッスス程度の演台に、ゲルマニア軍の兵士に護衛されあまり覇気のない中年のダキア貴族が現れた。よく言えば物腰柔らかで人徳がありそうということになるが、戦時下にはあまり適さない人材だ。
彼はゲルマニア製の拡声器を手に取ると、静かに演説を始めた。
「このキーイに集まってくれた皆に感謝する。私はマリヤンポレ公ウラジミール。これより、諸侯の信任に基づきダキアの正当なる政府を任せられることになったことを、ここに宣言する」
マリヤンポレ公はキーイの南東にある都市マリヤンポレを中心とした領土を持つ貴族であり、かつてゲルマニア軍がメレンを制圧した際にピョートル大公に造反し、ゲルマニアに身を寄せていた貴族の一人である。
「私はゲルマニア皇帝陛下の承認の下、無益な戦争を継続し民を無用に苦しめるピョートル大公殿下の政府を否定し、ダキア人の真の幸福、繁栄の為、新たな政府を建設することとした。その名はキーイ大公国である。このキーイを首都とし、分断されたダキアの領土を再び統一することを目指すものである。また私は、キーイ大公の名跡を告ぎ、キーイの統治を同時に請け負うものである」
結局のところ、シグルズの提案したキーイ大公国という名前はそのまま採用されることとなった。
「キーイ大公国は、ゲルマニアの友邦である。我々はゲルマニア皇帝陛下、およびヒンケル宰相と友好的な信頼関係を構築し、共に栄えるのだ!」
名目上はゲルマニアの支援を受け、ダキアの貴族達が自発的に建設した政府ということになっている。そんなことが虚構であるのは誰もが分かっていることだが。
「キーイ大公国は、まず友好の証として、ゲルマニアから全ての占領地の返還を受けた。即座に全てを返すという訳にはいかぬが、可能な限り早く、我らの主権は完全に返還される。そして、全ての貴族はキーイ大公国に合流することで、その領土、人民、財産を保証される。ピョートル大公殿下への反乱は、一切罪に問うことはない」
これでピョートル大公の周りの大貴族に揺さぶりをかける。そして更に念押しを。
「無論、諸侯の中にはゲルマニアを信用出来ぬという者もいるだろう。だが安心して欲しい。ゲルマニア皇帝陛下が直々に我らの自主独立を保証して下さっている。またガラティア帝国のアリスカンダル陛下は、ゲルマニアが条約違反を犯すことがないよう、監視団を送ってくれることを約束して下さった」
ガラティア帝国は保証人という役目を引き受ける条件として、キーイ大公国内にガラティア帝国軍を駐屯させることを求めた。ゲルマニアがキーイ大公国を対外侵略の基地としないよう、監視する為である。
ゲルマニアは当然難色を示したが、最終的にはこの条件を承諾した。ゲルマニア軍もキーイ大公国の非軍事化を目的に兵を駐屯させることとなっている為、ゲルマニア軍とガラティア軍がキーイ大公国内に併存することとなる訳である。
かなり危険な状態となることに変わりはないが、この常識外れの異常な戦争を終わらせるには、これくらいの危険は甘んじて受けるしかないだろう。
「戦争を継続する諸侯に告ぐ。戦争を継続する諸君の気持ちは分からなくもない。しかし、それが民を大いに苦しめていることに気付いて欲しい。貴族もこの戦争で多くの財を失い苦しんでいる筈だ。キーイ大公国に加わり、この無益な戦争に終止符を打とうではないか!」
「キーイ万歳!」
「「「キーイ万歳!!!」」」
キーイは拍手喝采に包まれた。数万のダキア人が口々にキーイ大公国を褒め称え、キーイ大公ウラジミールに声援を送った。報道写真の中に彼らを囲むゲルマニア兵が写ることは許されなかったが。
その後、ウラジミールは額に汗を流しながら演台を降りた。
「お疲れ様です、大公殿下。実によい演説でした」
彼を出迎えたのはこの建国の首謀者であるシグルズである。一応、万一の際の護衛も兼ねていたが、その必要はなかったようだ。
「いやいや、君のところのヒンケル総統には全く及ばないよ」
「ご謙遜を」
「これで戦争は終わってくれるだろうか……私はただ、ダキアが平和になればそれでいいが……」
「ゲルマニアは必ずや、ダキアに平和をもたらしましょう。我々の目的はダキアが我々に牙を剝くことがないようにすること、ただそれだけです。ダキアを支配することは我々の求めることではなく、非軍事化のみ。ヴェステンラントの策略によって始まってしまったこの不幸な戦争を、今こそ終わらせる時です」
「そうだな……どうか、これが悪い結果を産まないことを」
「ゲルマニアは嘘は吐きませんよ」
「…………」
かくしてキーイ大公国は誕生した。