爾後ピョートル政府を対手とせずⅡ
「ふむ。ザイス=インクヴァルト司令官の提案によれば、このキーイ大公国と我が国を仲介してくれる国が必要な訳だが、どこに頼むべきか」
「それはまあ……ガラティアでしょうな。それ以外にあり得ません」
ローゼンベルク司令官は言った。
「一応聞いておくが、理由は?」
「まず、保証人というのはそれ相応の力を持っている必要があります。エウロパの近くで国際的な影響力を持っている国は我が国の他にはガラティアしかいません。それに中立であるというのも当然、条件に合致しています」
「そうだな。ガラティア以外にあり得ん」
まず中立国というのがガラティアぐらいしかない。その条件を除いたとしても、ゲルマニアに物申せる国はやはりガラティアぐらいしかない。絶賛内戦中の大八州はこちらの面で頼りにならないのだ。
条約の保証人という役目を果たせるのはガラティアしかいない。よって問題は、ガラティアが協力してくれるか否かだ。
「ガラティアは承諾してくれるだろうか」
「どの道選択肢は一つしかありません。であれば、前進するのみです」
ザイス=インクヴァルト司令官は煙草を吹かしながら、余裕綽々と言った感じである。まあ、正しくはキーイ大公国を建国するのならこの道しかないということになるが。
「そうだな。であれば、ガラティアとの交渉で何とかするしかないか」
「それでは外務省の方で交渉を進めておきます」
「頼んだ」
当然ながら交渉失敗も考慮に入れ、いくつかの作戦と同時並行でこのキーイ大公国作戦は進行する。
〇
ACU2312 9/3 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン
「――陛下、ゲルマニアはこのように申しております」
スレイマン将軍は言った。それは草案としてゲルマニアから送り付けられた書簡である。
曰く、神聖ゲルマニア帝国政府は、自らの狂信的欲望が為に戦争を継続するピョートル大公の政府を、政府としての能力を失ったものとみなし、交渉相手として足る新ダキア政府の建設を企図するものである。
帝国政府は爾後ピョートル政府を対手とせず、この新政府をダキア唯一の正当な政権と認め、ダキアの平和を目指していくものである。
しかれども、ダキア諸侯のゲルマニアに対する信用は当然ながら薄く、信頼関係を構築するにはまず、我らの仲を取り持つ国家が必要である。
そこで貴国には、帝国とダキア新政府の仲介人として、ダキアの平和が為、協力を要請する。
「――つまるところは、傀儡政権を立てるから、ダキアの諸侯が降伏して来やすいように、我らに保証人になって欲しいということか」
「まあ、その通りでしょうな」
「しかしこんな外交儀礼みたいな文章が今更必要か?」
「大義名分は常に確保しておくべきものです」
「……そうか」
とにかく、ゲルマニアがやりたいことは分かった。後はそれを受諾するか否か、それが問題だ。
「で、受諾するとどうなる?」
「はい。我々がこれを受ければ、恐らくダキア諸侯は新政権に次々と降伏し、ダキア大公国は崩壊するでしょう。名目上は独立国とは言え、事実上ゲルマニアの勢力圏が我が国の北まで広がることとなります」
イブラーヒーム内務卿は冷静に未来を展望する。それが事実上ゲルマニアの植民地になるであろうことは、疑いようもない。
「では受諾しなければ?」
「その場合は、仮にゲルマニアが新政府を建てても、現占領地をダキア人に移譲するだけになるかと」
「まあ、特に何も変化はないということか」
「はい。我々がダキアの――正確にはピョートル大公の命運を握っていると言ってもいいかと」
「ふむ……」
ゲルマニアに協力すればダキアは滅び、そうでなければ今のまま。分かりやすい構図である。
「理想は現状維持だが……我々がこれを受諾しなかったせいでゲルマニアが負けるというのは、最悪の展開だろうな」
「はい。それだけは避けねばなりません」
ヴェステンラントの植民地がエウロパまで拡大し、その勢力圏がガラティアと触れるようなことになれば、それはガラティアの安全保障上最悪の事態である。
そうなるくらいならゲルマニアの勢力圏が拡大する方がいい。
「東方の情勢を鑑みれば、ゲルマニアに出来るだけ働いてもらった方が、我が国としては動きやすくなります」
「確かにな」
ガラティアとヴェステンラントは大八洲情勢について、どちらも大八洲侵略が目的だが、名目上は互いに逆の勢力を支援している。
ヴェステンラントが大八洲方面に注力すればガラティアと衝突する可能性も大いにある。よってゲルマニアが注意を引いてくれた方が、イブラーヒーム内務卿としてはありがたい。
「ふむ……短期的には大八洲方面の利益と、長期的にはゲルマニアが敗北するという最悪の展開を回避出来るという訳か。害より利の方が大きいと思うが」
「私もそう考えます」
「私も、イブラーヒーム内務卿に同じく」
「ではその方針で進めよう」
大八洲で謀反などという馬鹿げたことが起こらなければ拒否していたところだが、今はダキアを見捨てる方が利益になるようだ。
「但し、我々はきちんと保証人として仕事をするぞ。いいな?」
「はっ」
新政府の独立は何としても守らせてもらう。ガラティアの安全保障上、最低限の要求だろう。