爾後ピョートル政府を対手とせず
ACU2312 9/2 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
件の謀反からおよそ十日。大八洲は今のところ静かである。これは戦国の世の兵法を未だに諸大名が捨てていないからであろう。
四方八方が敵だらけの乱世においては、大きな戦いを挑んで大損害を出せば、勝とうが負けようが弱ったところを周辺国に攻め込まれる。その為、大名は基本的に兵力を損なうことを避けようとするのだ。
この原理が作動して、武田と上杉を除いた大名は未だ戦闘状態に突入していない。
もっとも、大八洲が完全にヴェステンラントの味方になるという最悪の事態を避けられただけで、ゲルマニアにとって状況が悪いことに変わりはないが。
さてこの日、まだダキアへの全面攻撃の準備は整っていないが、シグルズはとある策を献上しに総統官邸に舞い戻って来た。
「――ほう。ダキアの地に新しい政権を打ち立てると?」
「はい、総統閣下。占領したキーイを首都とし、我らに降伏した貴族にその支配権を与え、新たな国を建てるのです」
「バーゲンブルク城伯は、ゲルマニア軍の成果を放棄して、現地人に土地を返すと言うのですか?」
カルテンブルンナー全国指導者は挑発的に言った。確かに土地をダキア人に返すことに変わりはないが、しかし、ゲルマニア軍の成果を捨てるつもりはない。
「確かにダキア貴族に土地は返します。そして内政についても干渉はしません。しかしながら、軍事、外交についての権限は全てゲルマニアに移譲させます」
「我々が直接支配するのではなく、そんな回りくどいことをする意味は?」
「一つは、占領行政の効率化です。本来は軍人の仕事ではない行政を軍が行っている結果、これは東部方面軍の大きな負担となっています」
「ほう、なるほど?」
「それは確かだ」
東部方面軍ローゼンベルク司令官はシグルズの言葉を肯定する。実際、兵站を確保出来ない理由の一つはこれだ。
まあこの問題をどうにかしたとて、ゲルマニアの血管である鉄道網がダキアにない以上、劇的に補給が改善するという訳でもないのだが。
「そうですか。では、傀儡政権を建てる必要はあると思いますか?」
「まあ……あった方が助かると言ったところだ。あって損はないが、別になくても変わらんな」
「ええ確かに、この意味での利益はそう大きくありません。しかし別の利益が、しかも巨大な利益があります」
「ふむ。聞かせてもらおうか」
ヒンケル総統はシグルズに続きを促す。
「はい。ダキアは――正確にはダキア貴族は、我が軍に対し異常なまでに抵抗を見せています。これは何故か、お考えになったことは?」
「何故か、か。貴族共が愛国心で行動する訳はあるまい。となれば、自らの所領、財産を守る為、だろうな」
「はい。実際、我々は我々に寝返った貴族を貴族にしては冷遇しています。そのせいで、降伏すれば財産を取り上げられると考えている貴族は徹底抗戦しているのかと」
ゲルマニアは投降した貴族を帝都で飼い殺しにしている。まあ働かずに生きていけるくらいの待遇は用意しているが、貴族のような豪奢な生活は送れない。それがゲルマニアの悪評に繋がっているのだろう。
まあ精確には一部の良心的な貴族は国民と国家を守る為に戦争を続けているが、大体はこれだろう。
「ローゼンベルク司令官もそう思うか?」
「シグルズの言うことに大きな間違いはないかと」
「そうか。で、ではどうすればよいのだ?」
「はい。そこで出てくるのが今回の計画です。我々の支援する新たなダキア政府に合流すれば所領、財産を保証すると宣言すればよいのです。彼らが求めるのは自分の利益だけでしょうから、軍事的な自主権など気にしないでしょう」
「なるほど。上手くいけば、一気にダキアを切り崩せるか」
「閣下、少しよろしいでしょうか?」
その時、帝国一の策士ザイス=インクヴァルト司令官が話を遮った。
「何だね?」
「我々が本気でダキア人に自治を認めようとしていたとて、彼らがそれを信じるとお思いですか?」
「難しい問題だな……」
「確かにそれは僕の提案の欠点です。ダキア人を我々に恭順させることが主目的ですので、信用が得られなければ機能しません」
ダキア貴族がゲルマニアを疑っている限り、彼らはゲルマニアの軍門には降らないだろう。この作戦を実行するには今まさに殺しあっているダキア貴族の信用を得る必要があるのだ。
しかしそれは難題である。
「シグルズ、こう言ってはなんだが、彼らが我々を信用してくれるのは考えにくいな」
「確かにそうですね……」
「しかし閣下、シグルズの策は成功すればダキア問題を一気に解決する手段ともなり得ます。まずはダキア貴族を信頼させる方法を検討すべきかと」
「それもそうだが……しかし、何かいい方法があると言うのか?」
「そうですな……やはり、ゲルマニアとダキアだけの問題として処理するのが問題であるかと」
「……どういうことだね?」
ザイス=インクヴァルト司令官は相変わらず話が回りくどい。
「つまり、内政不干渉の保証人が必要ということです。ゲルマニア、ダキアの新政権、第三国の間で平和条約を結べばよいでしょう」
「なるほど……」
第三国の保証が得られればダキアの貴族は簡単に降伏するだろう。簡単なことである。
「それと、本筋とは関係ないのだが、ダキアの新政権などと一々呼ぶのは面倒だ。何かいい名前はないのか? 仮でもいい」
「それでは、キーイ大公国ではどうでしょうか?」
無論、地球の中世に存在したキエフ大公国のパクリである。
「単純だが分かりやすいな。よし、取り敢えずはそう呼ぶこととしよう」
議論は続く。