表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
449/1122

自害

 晴虎は伽藍の最奥の狭い仏堂に腰を下ろした。


「我が首は誰にも渡してはならぬ。死骸は骨の一片すら残らぬ程に焼き尽くせ。……仏堂まで燃え移るのは、来世に響くであろうが」


 晴虎は僅かに笑みを浮かべた。この極限状態での彼の感情を正確に読み取れる者はいなかった。


「晴虎様……」

「介錯は、そなたに頼もう。他の者は火の準備をせよ」

「はっ」


 時間はもう残されていない。小姓達は粛々と準備をし、晴虎は短刀を構え、介錯人は運良く近くにあった井戸で刀を洗った。


「大八洲の未来は、いかに移ろうべきか……」

「……最早、我らには縁のない話にございます」

「で、あるな……」


 短刀を鞘から抜き、脇腹に向ける。


「あと一年あらばヴェステンラントを……いや、せめて半年あらば、東亞を休んじられたものを…………」


 天下に勇名を馳せた軍神は、あっけなく散った。仏堂から上がった火は本善寺を焼き尽くし、その火は一晩中燃え盛っていた。


 〇


 一方その頃、少し離れた屋敷に滞在していた忠虎の許に、晴虎の送った人が到着した。幼い忠虎には、何が起こっているのか理解出来なかった。


「若殿様! ご無事で!」

「? そなたら、どうしたのだ?」

「……謀反にございます。晴虎様は本善寺に籠られ、我らは忠虎様をお救いするべく、参上仕りました。とにかく、我らが若殿様をお連れしますので、今は何も聞かず」

「わかった」


 ただならぬ気配を察した忠虎は、供回りの者に抱き抱えられ、屋敷から出た。


「どこでもいい! とにかく北へ向かえ!」

「あ、あれは! 麒麟隊です!」

「何!?」


 前方から千を超える松明の火が迫ってきた。それは間違いなく麒麟隊であった。そして同時に、数十の飛鳥衆の者が屋敷の空を固めた。


「クソっ……奴らは逃げ道をことごとく塞いでいます!」

「間に合わなかった、か……」

「?」


 あの麒麟隊のこと。包囲に抜け穴などはないだろう。逃げられないことを悟り、供回りの者は忠虎を抱えたまま屋敷に戻った。


「若殿、我らはこれまでのようです。かくなる上は、逆臣にその首が渡らぬよう、若殿様にはご自害して頂く他……」

「……わかった」

「介錯は、この私めが」

「……」


 忠虎に腹を切らせるなど無理だ。短刀を握らせ、腹を切る真似をさせた後、その首を一思いに切り落とした。


 その遺骸は晴虎と同じく灰と化すまで焼き尽くされ、供回りの者は皆殉死した。かくして、上杉家の嫡流は途絶えた。


 〇


「全て終わった……ええ、これでいい……」


 長尾右大將曉は、今だ燃え盛る本善寺に足を踏み入れた。謀反は全て彼女の意思である。


「晴虎様の首を探しなさい! ゴミの一つに至るまで調べ尽くすのよ!」


 まだ火の手も鎮まらない中、曉は麒麟隊を総動員して晴虎の死体を捜索した。しかし、それと思しき死体が見つかることはなかった。


「曉様、どうやら晴虎様がご自害なされたのはこの仏堂のようです。今となっては灰しか残ってはおりませぬが」


 明智日向守は足元の白い粉を踏みつけながら言った。鬼道によって燃やし尽くされた仏堂は、その形を一切残さず灰と化していたのだ。


「この灰の中に晴虎様の灰も?」

「恐らくは。もっとも、それを確かめる手立てはありますぬが」

「……まさか、晴虎様が生き延びたとでも?」

「我らの包囲は完全でした。いくら晴虎様とは言え、逃げ延びることは出来ますまい」

「そう」


 だがその時、凶報が入った。


「曉様! 申し上げます!」

「何?」

「上杉越後守様、ご自害なされた模様!」

「忠虎様が? 間違いはないでしょうね?」

「間違いはございません!」

「…………」


 曉は不愉快そうな表情を隠せない。忠虎を殺すつもりはなかった。生きて捕えるつもりであったのに、あっけなく死んでしまった。


「面倒なことになりましたな。これで我らは何の大義も得られませぬ。それに、大八洲が割れることは必定」


 家臣が謀反を起こし主君の子を擁立するというのはよくあること。だがそれは不可能となった。それに、上杉家の最も有力な後継者が死んだ以上、曉がどう動こうと大八洲は後継者争いで分裂するだろう。


 そんな大変なことだと言うのに、明智日向守は平然としていた。


「……どうするのよ?」

「確かに最も上杉家の家督に近いお方を失ってしまいましたが、上杉家の血を引く者は大八洲に数多おります。それに、我らの調略は万全を期しております」

「そうね。まずは中國に戻るわ。話はそれからよ」


 麒麟隊の本拠地は、唐土の平明京を含む上杉家の天領である。


「私は今暫くここに残らせて頂きます」

「残る?」

「はい。こうなった以上、曉様のお嫌いなことをして参らねばなりませぬ故」

「……ヴェステンラントと和議を結ぶか。あなたに任せるわ」

「はっ」


 曉は国内向けへの調略を進めてきた。そうしてあっという間に政権を奪取し、ヴェステンラントとの戦争は継続する筈だった。


 だが予定は狂い、ヴェステンラントとの妥協は不可欠となってしまった。明智日向守はその役を引き受けたのである。


「それでは、帰路のご無事を」

「あなたも下手をしないことね」

「無論です」


 麒麟隊は本善寺を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=959872833&size=300
― 新着の感想 ―
[一言] ここで国を割る行為は後世の歴史家から散々な評価になりそうだな。 まぁ人間欲があればそんなことやるのは歴史が証明してるからな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ