グローノフ大空襲の結果
ACU2312 8/17 ダキア大公国 オブラン・オシュ
オブラン・オシュのピョートル大公の許には、今日は親衛隊長ホルムガルド公アレクセイもいた。イジャスラヴリで親衛隊が為すべき仕事が一段落したからである。
また同時に、これから多くの都市が焼かれることを見越し、その度にわざわざアレクセイが出向くのは非効率だと判断したからでもある。
「ホルムガルド公、イジャスラヴリの状況はどうだった?」
「はい。今は12万の市民を生かすだけで精一杯です。都市の再建などとても……金も人でも資材も、何もかも足りていません」
「……分かった。イジャスラヴリ市民にはこの戦争が終わるまでは最低限の暮らしに甘んじてもらうしかない、か」
「はい。こればかりはどうにも……」
イジャスラヴリはこの戦争が終わり平和が戻るまでは廃墟のままだろう。そしてダキアは延々と彼らを生かす負担を負うことになる。ゲルマニア軍の想定よりダキアの状況は酷かった。
「では、グローノフの様子はどうだ?」
親衛隊は素早く調査隊を飛ばし、グローノフの被害状況を収集している。
「はい。グローノフの10万の人口のうち6万が家を失い、3千の市民が命を失いました」
「イジャスラヴリに加えて6万か……しかもグローノフはガラティアとの玄関口と来た」
「ええ。食糧はガラティアが何とかしてくれるようですが、グローノフが壊滅した今、輸送が非常に困難になっています」
グローノフはガラティアからの物資の受け入れを担ってきた。それが壊滅した今、ダキアは物はあるがそれを運べないという最悪な状況にある。絶海の孤島で大量の水を眺めながら乾いて死ぬような気分だ。
「ゲルマニアめ……明らかにわざとやっているだろ……」
「ええ。ガラティアからの援助線を断ち切ると同時にガラティアに圧力をかける……なかなか大胆な手に出たものです」
ゲルマニアはたまたま狙った目標がガラティアの人道支援を断ち切ってしまったとでも言うつもりだろう。
「……一応聞いておくが、それでゲルマニアとガラティアが開戦する可能性は?」
「万が一にもないでしょう。そんな事態になれば、ガラティアは寧ろ我らから手を引くでしょうね……」
アレクセイは苦々しい表情を浮かべていた。結局のところダキアの価値などそんなものである。ダキアを助けることでガラティアの安全が脅かされるのならば、ガラティアは躊躇なくダキアを切り捨てるだろう。
「となると、ガラティアに輸送の人手を借りるのは無理か……」
「ええ。そこまではしてくれないでしょう」
ガラティア人が前線にいるとなれば、何らかの問題が発生する可能性がある。それをアリスカンダルは承知しないだろう。
「どうすればいい? このままではせっかくの食糧を前線に届けられんぞ……」
「諸侯から食糧を調達することも出来なくはないですが……」
「それでは国が持たん。ゲルマニアはこの先何度でも空襲を仕掛けてくるだろうからな」
グローノフ大空襲で、ゲルマニア軍には何度も都市を壊滅させる能力があると証明された。もしもガラティアからの援助が届かなければ、あと2つも都市を焼かれるともう国が立ち行かなくなる。
故に、何としてでもガラティアからの援助を届ける方法を模索せねばならないのだ。
「では……大突厥の力を借りるというのはいかがでしょう」
アレクセイは言った。
「突厥の?」
「はい。彼らは騎馬民族です。荒地での運搬なら長けているかと」
「確かに昔は騎馬民族だったろうが……」
確かに大突厥の発祥は騎馬民族だ。とは言え、既に大規模な領土に定住することを覚えた彼らに、当時の記憶など残っているものだろうか。
「一か八か賭けてみるしかありません。大突厥にこの旨を伝えましょう」
「まあ、聞いてみるだけなら悪くないか。出来たとしても手を貸してくれるかは微妙だが……」
「とにかく、早急に問い合わせてみるべきかと」
「そうだな。手配は頼む」
話をするだけなら金はかからない。アレクセイは早速、大突厥との交渉を始めさせた。とは言っても、それは半分以上がヴェステンラントとの交渉ではあったが。
「それと、例の落とした爆撃機だが、残骸は回収したのか?」
「親衛隊が回収はしました。しかし鹵獲した戦車や装甲車のように技術を調査出来る状態ではありません」
「爆散したと言っていたしな」
爆撃機が粉々になったお陰で、ダキアがゲルマニアの機密を得ることは阻止された。
「とは言え、爆撃機が落ちたという事実には変わりありません」
「結局、これは誰かが落としたのか? それとも勝手に故障でも起こして落ちたのか?」
「我が軍が落としていないことは確かです」
「だったらただの故障ではないか。はあ……」
ニナはダキアにも伝えず暇つぶしに遊びに来ただけなのであった。
「しかし、これはいい宣伝になります。あれほどに粉々の残骸ならば、我が軍が落としたと言っても誰にも分かりません。以前に攻撃を当てることまでは出来たのですから、そうおかしなことでもないでしょう」
「それもよいな。我が軍がゲルマニアの爆撃機を落としたと内外に宣伝しよう」
「はっ」
ダキアは強かに抗戦を続けるのであった。