グローノフ大空襲Ⅲ
ヴェステンラント独立戦争で列強の植民地は一掃され、ヴェステンラント合州国は独立を果たした。だがヴェステンラントも魔法だけで国を維持出来る筈もなく、早急に諸外国と関係を修復する必要があった。
そこでヴェステンラントは、国交回復の対価として、独立戦争の最中に死亡した始原の魔女イズーナの心臓を大八洲、ブリタンニア、ルシタニア、ゲルマニアにそれぞれ差し出した。
それらを全て破壊していれば、魔法はすぐに弱体化され、ヴェステンラントの優位は失われたかもしれない。だが列強はそれが出来なかった。何故ならイズーナの心臓は、無限に力を失わないエスペラニウムそのものだったからだ。
特にエスペラニウムの乏しいエウロパの列強に、これを捨てるなんてことは出来なかった。もっとも、魔法が無限に使えたところで力が弱くては意味がなく、結局のところこの戦争で有意に使われてはいないのだが。
そう考えると早々に破壊するのが列強にとっては最善だった訳だが、今となってはもう遅い。
さて問題は、どうしてニナがヴェステンラントにある心臓を回収すればいいなどと言いだしたのかである。
「どうして僕にそんな話を? 君はヴェステンラントの女王だろう?」
「この世界には戦争をしたくてしたくてたまらない人間がいるのだ。それを知っておくがいい」
「君がそうだと?」
「うちのルーズベルト外務卿はそうだな。余は……どちらかな?」
「ルーズベルトとかいうのは戦争狂で間違いなさそうだけど……君はそうは見えない」
ニナは常にふざけているが、少なくともシグルズにはマトモな人間に見えた。どこぞのアメリカ大統領のように自分の娯楽の為に戦争を始める人間には見えない。
「ほう。嬉しいことを言ってくれるではないか」
「で、結局何が目的だ?」
「余こそイズーナの直系にしてその遺志の代弁者である、とでも言っておこう。では、余はそろそろ帰る。ここにいても時間とエスペラニウムの無駄だ」
ニナはあくびをしながら言った。しかしシグルズは全く気を緩められなかった。
「おっと、そうはさせない」
「何だ?」
「そう言って爆撃機を攻撃されたらたまらない」
「はあ……そんな面倒なことはしない。余は眠いのだ。邪魔をしないでくれないか?」
「信用出来るとでも?」
「……ならばこうしよう」
ニナは懐から血塗れの紙を取り出した。
「……何を?」
「黙っていろ」
ニナは血文字で紙に何かを書いた。そしてその紙をシグルズに強引に押しつけた。唐突な行動にシグルズもうまく反応を示せず、普通に受け取ってしまった。
「読んでみろ」
「はあ……」
触りたくないが、自分のせいで血塗れになっている訳だし、腹を括ってシグルズはその紙を開いた。
「『我、ヴェステンラント女王ニナは、本2312年8月16日はゲルマニア軍を攻撃しない。御名 御璽』……それ自分で書くものじゃなくない?」
「別にいいだろう。ともかく、女王が自ら誓約するのだ。信じろ」
「……分かった」
「では、さらばだ」
ニナはそう言うや否や急降下し、たちまち見えなくなった。そしてシグルズはグローノフへと向かった。
○
「おお、燃えてる燃えてる」
イジャスラヴリと同様に、グローノフもまた大火に包まれていた。その下では数千の人々が焼け死んでいることだろう。そしてシグルズは爆撃機の編隊を発見した。
――11機か。あれ以外は落とされていないな。
数が揃っていることに安心し、シグルズはライラ所長が一人で頑張っている爆撃機に戻った。
「お疲れ。で、どうだった? あれ誰?」
「先程の魔女はヴェステンラント女王でした」
「へ? す、すごいものと出くわしたね、シグルズ」
「はい。久々に死ぬかと思いました」
「そ、そうだね。いや寧ろ、よく生きて帰ってこられたね?」
「まあ何とか」
あのまま全力で戦い続けてどちらが勝っていたかと言われると、微妙なところだ。シグルズは強大な魔法を無限に使えるが、魔力比べでは明らかにニナの方が上だった。
また、ニナの謎めいた発言の数々については、取り敢えず黙っておくこととした。
「それで、爆撃は問題ありませんでしたか?」
「うん。グローノフは大して大きな都市でもないし、すぐに燃えたよ」
「それはよかったです」
グローノフには結局、ニナ以外にコホルス級以上の魔女はいなかった。そのニナも、ダキアに手を貸すつもりはないらしい。グローノフの炎の勢いが衰える様子はなかった。
「これで、更に多くのダキア諸侯がマトモに動けなくなるだろうね」
「ええ。この勢いで爆撃を続ければ、ダキアという国が回らなくなるかと」
「だね。でも、問題は爆撃機が一機落とされたことかなー」
「そうですね……爆撃機の無敵神話が崩れたのは痛手です」
爆撃機が墜ちたと知って、ダキアの民がどのような反応を示すのか。それは見てみないことには分からない。
「うーん……どうせだったら女王に撃墜されましたって発表してみる?」
「……どういうことです?」
「だって、そう言っちゃえば、ダキア人が撃墜したんじゃないってことになるよね。ていうか実際そうじゃないし」
「ああ、なるほど。それはいいですね」
ダキア人の努力ではなくヴェステンラントの気まぐれで爆撃機が墜ちたのだと知れば、少しはダキア人が奮い立つのを食い止められるかもしれない。