空襲を受けて
ACU2312 7/30 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君侯国 帝都ビュザンティオン
ゲルマニアからは1歩遅れ、ガラティアにもイジャスラヴリ大空襲の報が届いた。
「――まさか、ゲルマニアがここまでやるとはな」
シャーハン・シャー、アリスカンダルの声は、寧ろ楽しげであった。そして諸将も大して驚いている様子はない。
これはガラティア帝国が急速な拡大の過程で多くの民間人を犠牲にしてきたからだ。彼らの目にはゲルマニアの行いも、戦争にはつきものの虐殺の一つとしか映らなかった。
しかしこれが戦略的に大きな意味を持つことは知っている。
「陛下、イジャスラヴリで家を失った多くの市民を救うべく、ダキアの軍事活動はほぼ停止しています。このような攻撃が何度も続けば、ダキアがゲルマニアに抗うことすら不可能となるでしょう」
スレイマン将軍は言った。ダキアがヴェステンラントからの支援に頼って何とか戦争を継続出来ていることは、ガラティア帝国もよく知っている。
「そうだな。そしてそれは、我が国にとってはあまり好ましいことではない」
「はい。ゲルマニアが負けても困りますが、勝っても困りますからな」
可能な限り現状を維持すること。それがガラティアの基本方針である。従って、ダキアが簡単に滅びないようにテコ入れする必要がある。
「ではどうするべきかな」
「陛下、ここは、ダキアを苦しめているのが民への救済であることに注目すべきかと」
イブラーヒーム内務卿は言う。確かに空襲による被害より、それで生じた難民の方がダキアに重くのしかかっている。
「と言うと?」
「簡単なことです。軍事的、魔法的な支援については依然として秘密裏に行うべきですが、苦しむ民草への救済ならば、堂々としたところで問題はありますまい」
「ゲルマニアの狙いはダキアにその負担を押し付けることにあるのだから、それはゲルマニアに対する敵対行動にはならないか?」
「はい。しかし、ゲルマニアも公式に民間人を虐殺することが目的だったとは、口が裂けても言えないでしょう。彼らが我々を非難することは出来ません」
「まあな……」
ゲルマニア軍の公式発表では、大都市にあるダキア軍の基地を標的としたことになっている。市民への被害は仕方のない巻き添えであったと。
その言葉に従えば、市民を助けようが助けまいが、ゲルマニア軍に利も害もない。ならば市民に救いの手を差し伸べたとて、ゲルマニアが文句を言うことは出来ない。
「万が一にもゲルマニアと戦争に至る可能性はあるまいな?」
「先程も申し上げたように、我々がダキア市民を助けたとしても、ゲルマニア軍には我々に宣戦布告する事由がありません」
「それに、ゲルマニアも我らも、そもそも戦争を望んでおりませんからな」
互いに戦争を望んでいないし、火種もない。であれば戦争が起こる筈もないのだ。
「……そうか。ならばよかろう。『我が国は中立という立場を活かし、ゲルマニア軍による攻撃で図らずしも家を失った市民に対し、その生活を維持することを目的とし、ダキアへの支援を行う』。これでいいか?」
「はい。そのように諸外国に伝えましょう」
正に欺瞞といった感じだが、国家の声明などそんなものである。
「しかし、我々が支援を続ければ戦争は長引き、民は余計に苦しむというのに……」
アリスカンダルはため息を吐いた。ガラティアが何もしなけれは、この戦争は恐らくすぐに終結しただろう。ダキアの敗北という結果ではあるが。
「彼らにとっては、悪名高い親衛隊に国を支配されるよりはマシなのでは?」
イブラーヒーム内務卿は言った。確かに親衛隊は平然と民間人を処刑する連中であるし、それよりは戦い続けた方がマシなのかもしれない。
「そうだろうか……まあ、我らに選択肢はないがな」
「それはそうですね……」
結局のところ、ガラティアには支援以外の道はなかった。
〇
ガラティア帝国が公式に出した声明は、直ちにゲルマニアにも伝えられた。
「……ガラティアは何がしたいのだ?」
ヒンケル総統はリッベントロップ外務大臣に尋ねた。
ガラティア帝国がゲルマニア帝国に敵対的な行動を取る意思があることは明白だ。誰も善意で他国の市民を助けたりはしない。
「これではっきりとしました。ガラティアは、ダキアとゲルマニアの戦争が痛み分けで終わることを望んでいるようです」
「どういうことだ?」
「つまりは、エウロパの地図をこの戦争が始まる前の世界地図と同じものに保っておきたいということです」
「我らがエウロパの覇者となることを望まないということか」
「まあそういうことです」
「……確かに、私が彼の国のスルタンならば、同じことをするやもしれん」
ガラティアの意図はすぐに理解出来た。問題は当然ながら、この支援とやらが絨毯爆撃の成果を帳消しにする可能性があることである。
「――それについてはどう思う、ローゼンベルク司令官?」
「そうですな……いくらガラティアでも、15万の市民の生活を支えられる程の支援をするとは思えません。しかし、絨毯爆撃の効果が薄れるのは確かかと。その程度は様子を見てみなければ分かりませんが」
「結局は様子見か」
「恐れながら、我が総統、ガラティアに我が国と敵対する意思があるのならば、叩き潰してしまえばいいでしょう」
アリスカンダルが心配していた正にそのことを、カルテンブルンナー全国指導者は提案した。