次の空襲Ⅱ
「さて……恐れながら、我が総統、現在イジャスラヴリには数万のダキア人がその支援の為に集まっていますね」
カルテンブルンナー全国指導者はいきなり言った。
「ああ。そうだな」
「であれば、それを爆撃すればよいのです。のこのこの集まってきた馬鹿共を、ここで殲滅しましょう」
確かにカルテンブルンナー全国指導者の提案は理に適っている。それが最も効率的にダキアに打撃を与える方法だろう。
「しかしな……」
「そうでなくとも、軍部はいずれは他の都市を爆撃するつもりなのでしょう? であれば、イジャスラヴリを二度も三度も爆撃したとて、犠牲は大して変わらないでしょう」
「うむ……」
確かに数字の上では死者の数は大して変わらないだろう。その犠牲者が全てイジャスラヴリ市民になるだけだ。
とは言え、家を燃やされ路頭に迷っている市民をまた爆撃するというのは、普通の人間なら気の進むことではないのも確か。
「では逆に、他の都市よりイジャスラヴリを優先する理由は何だ?」
「その理由は。敵に更なる恐怖を与えることです。我らが戦闘員以外にも情け容赦なく攻撃すると知らしめることこそ、ダキアを恐怖で崩壊させるに最良の手段です」
「なるほど……ということは、イジャスラヴリを空爆したところでダキアの補給線への打撃は大したことはないか」
「はい。ダキアの生産能力を破壊するには、一度燃やした都市を空襲するというのは効率が悪いかと」
代わってローゼンベルク司令官が答えた。
つまるところダキア軍の選ぶべき道は、ダキアに更なる恐怖を与えるべきか効率的に生産能力を奪うべきかの二択なのである。
しかし世界初の空襲から2カ月しか経っていないこの世界で、どちらが正しいのかはまだ誰にも判断出来なかった。とは言え選択しなければ何も出来ない。
「如何されましょう。この問題に明確な答えがあるとは思えませんが……我が総統にはそれを決めて頂かねばなりません」
「私が決めるのか」
「それが独裁者というものでしょう」
「む……」
問題がこじれた時に即決即断が出来るのが、独裁の最も大きな利点である。それが出来なければヒンケル総統が総統である意味はない。
「……やはりイジャスラヴリを何度も焼くのは余りに不憫だ。まずは前線に近い大都市を粗方爆撃するところから始めよう」
「……閣下が仰るのならば、それでよいでしょう」
カルテンブルンナー全国指導者の策は却下された。ヒンケル総統の判断は多分に感情的なものではあったが、国益の天秤がどちらにも傾いていないのならば、それもまたよいのだろう。
「まず数日はダキアの反応を見る。そして何も音沙汰もなければ、イジャスラヴリ以外の大都市への絨毯爆撃を行う。それでよいか?」
「それでよろしいかと」
ローゼンベルク司令官は言った。空襲に搦手というものもない。正攻法でダキアに順々に打撃を与えていく。
「目標の選定はまた東部方面軍に任せていいか?」
「閣下からご要望がないのであれば、問題ありません」
「では任せる」
「ああ、閣下、少々お待ちを」
その時、西部方面軍ザイス=インクヴァルト司令官は待ったを掛けた。
「何だ?」
「これまで大突厥にいたピョートル大公が今、ダキア国内にいます。これは好機ではありませんか」
「……何が言いたい?」
「主要都市への絨毯爆撃と並行し、ピョートル大公を狙った――つまりオブラン・オシュへの爆撃を継続するべきかと」
結局この戦争は極めて有能なピョートル大公が極めて感情的に負けを認めないからこうも泥沼化しているのである。彼個人の心を折りにかかることは重要だ。
「なるほど。ピョートル大公が諦めてくれれば終わる戦争だからな。ではローゼンベルク司令官、それもよろしく頼む」
「はっ。直ちに爆撃機の割り当てを始めます」
まあまだ暫くは様子見ということになる。空襲の方針は決定された。
「っと、ちょっと気まずいんですが……」
その時、常に白衣を纏ったクリスティーナ所長が言いづらそうに切り出した。
「ん? 何か問題でもあったか?」
「はい。今回使った焼夷弾ですが、その仕組みは、爆弾の中に詰め込んだ油を発火させるものです。つまりその製造には多くの石油が必要になりますし、精製には時間がかかります」
地球において飛行機が登場した時代には、既に石油は世界を回す燃料として大量生産されていた。しかしこの世界で石油を大々的に使っているのはゲルマニアだけであるし、まだまだ生産量は少ない。
「ふむ……つまりところは、原料不足か量産には時間がかかるかのどちらかか?」
「後者です。燃料の製造はまだ効率が悪く、量産には時間がかかってしまいます」
「具体的にはどれほどだ?」
「今回イジャスラヴリへの絨毯爆撃に用いられた量の焼夷弾を用意するには、あと2週間ほどかかります。そして備蓄は皆無です」
「なるほど。分かった。まあ2週間ごとに空襲が出来るのならば十分だろう。ローゼンベルク司令官もそれでいいな?」
「はい。問題ありません」
実際、地球の基準で考えても十分な頻度だ。かくしてゲルマニア軍は本格的にダキアへの絨毯爆撃を開始するのであった。