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逆包囲

「懸れ乱れ龍の旗を掲げよ!!」


 白地に荒々しく「龍」と書かれた懸れ乱れ龍の旗。晴虎の本陣でそれが掲げられるのは、全軍突撃の合図である。


 遠くからでも見えるように大きく拵えられた旗は、城の反対側からもよく見えた。


『伊達陸奥守! 承知した!』

『武田樂浪守、しかと合図を受け取った』

『毛利周防守、よく見えますぞ』


 懸れ乱れ龍の号令を受け取ったと、諸大名から通信が入る。


 まあ実際的には最初の号令から魔導通信で済ませればいいという話ではあるが、大八洲人は伝統を好む民族だ。


「晴虎様、諸将に大事なく伝わったようにございます」

「それはよい。一先ずは諸将に任せるとする」

「はっ」


 大八洲軍は現在、複数の部隊に分かれて行動している。そしてそれぞれの大将に任じられているのが、先に通信を寄越した三名である。


 晴虎は本陣にどっしりと構え、全体を統制するのが今回の役目だ。


 〇


「ど、ドロシア様!  敵が! 敵が背後より迫っております!」

「言われなくても分かるわよ、そのくらい」


 包囲を続けるヴェステンラント軍の背後に突如、大八洲軍が出現した。


「で、敵の数は?」

「はっ。我らに向かっている敵だけでおよそ6千! 全て合わせれば5万にも届くとのこと!」

「……そう。最悪の事態になったわね……」


 ドロシアは大八洲軍が襲来する数分前に、彼らの策を見抜いた。その軍旗は実は人がいないのに掲げられており、大軍が城内にいると見せかけているのだと。


 だがほぼ全軍が城外にいるとはまさか思わなかった。今やヴェステンラント軍は大八洲軍に包囲されているのである。


「ど、どうなされますか!?」

「この状況、固まろうと動けばその隙を突かれるだけ。だったら、この場で迎え撃つしかないわ。全軍、城など捨て置きなさい! 敵は寡勢! 反転し、敵を迎え撃て!」

「ははっ!」


 城攻めと言っても全軍を突撃させている訳ではない。3分の1程度を常に張り付かせ、それは交代させながら戦線を前進させている。


 つまり3分の2ほどはすぐに動ける状態にあるということだ。そしてそれでも大八洲軍より多い。


 ドロシアはこれを直ちに反転させ、即席の魚鱗の陣を以て迎え撃つ体勢を取った。全軍を三角形に配置する、正面からの攻撃に強い防御力を持った陣形である。


「……敵は赤備え。武田の騎馬隊とかいう奴だったわね」


 真っ赤な鎧は遠くにいてもよく目立つ。大八洲軍最強の騎馬隊を擁する武田軍がドロシアに突撃してきている。


「はい。大八洲軍の中でも厄介な相手です」

「やりたくはないけど、相手が馬ならやりようもあるわ」

「と、仰いますと?」

「私が出るのよ。……この力を使うのはいい加減屈辱だけど」


 ドロシアは戦争を個人の力量に頼るべきではないという、シグルズと似た思想を持っていた。そして勝利の為ならばどんな手段でも使うべきという結論に達するのもまた同様であった。


 〇


 ヴェステンラント軍の魔導弩、大八洲軍の為朝弓。それらから数万の矢が放たれ、空を埋め尽くす。今度は大八洲軍も魔法の矢を放ち、ヴェステンラントの魔導兵を次々に討ち取っていく。


 その矢の雨の中で、少数の魔女に護衛されたドロシアは空を駆けていた。目指すは陣形の最前線である。


「ドロシア様! もう少しご自分の事をご案じなされてください!」

「例え体を貫かれようと、シャルロットの奴に言えば治してくれるわ。気にする必要はない! 進め!」


 実際、何度か矢が体を掠め、ドロシアは血を流しながら飛んでいる。


「し、承知――」

「うぐっ――」


 その時、ドロシアの背中に矢が突き刺さった。


「ドロシア様!!」

「気にするな! 進め!」


 まあヴェステンラントには首を斬り落とされても平然と生き返る奴がいるのだから、それと比べればどうということはない。


 背中に矢が刺さったまま、ドロシアは最前線へと向かった。


 〇


 一方、突撃する武田軍を率いるのは、山縣次郞三郞信景の率いる騎馬隊であった。武田の中でも精鋭たる騎馬隊である。


「あれは……山縣殿、あれを見られよ!」

「ん? 何だ?」


 信景は目を細めてその先を見据える。そこには場違いな軽装で佇む女性の姿があった。そしてその姿を見て、それが誰なのかすぐに分かった。


「あれは……音に聞くヴェステンラントの魔女に違いあるまい」

「それが何故にあんなところに……」

「それは……そうか! 奴は我らの前に堀を作る気だ! 皆、止まれ!」


 信景がそれに気づくのにそう時間はかからなかった。ドロシアが鬼道を用いて長大な堀を瞬時に作り出したことは知れている。


 それと同じことをして騎馬隊を食い止めるつもりだろう。


 信景は突撃を止めさせた。いきなり停止を命じられて兵は戸惑ったが、流石は武田の武士、すぐさま隊列を整えて静止した。


「や、やはりそうでありましたな……」


 するとドロシアは、信景が予想した通りに堀を作り出した。ついでにそれで出た土が土塁を作り、一瞬のうちに二段構えの野戦築城が完成した。


「気付くのが遅れていてはどうなっていたことか……流石ですな、信景様」

「とは言え、これで我らの勢いも完全に削がれた。この戦、厳しいやもしれぬ」


 騎馬隊の目前で堀を作られて、多くの武士がその中に落下して討ち取られるという最悪の事態は避けられた。だが騎馬隊の本懐である突撃を封じられたのは痛い。

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