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籠城戦Ⅱ

 数日が経った。ヴェステンラント軍は幾度も城門を突破することを試みたが、全ての城門で、大八洲軍からの激しい攻撃の前に門に触れることすら出来ないでいた。


 一見して大八洲軍が圧倒的に優勢であるように見えたが、実情はそこまで優位とは言えないものであった。


「晴氏様……多くの兵が傷を負い、戦い続けるのは難しくなってきております……」

「そいつは困ったな……」


 大手門を守備するのは北條常陸守晴氏が自ら率いる部隊である。


 その部隊ですら、多くの兵がヴェステンラントの矢の前に倒れ、陣は苦し気なうめき声で満ち溢れていた。


 この世界では敵も味方も、魔法のお陰で攻撃力だけが非常に上昇している。その為、相対的に城の価値が低くなっているのだ。


「まだ5日しか経ってないが、ここを守り切るのは厳しいか……」


 兵が倒れる度に代わる代わる後詰の兵を前に出す戦術で防衛線を維持してきたが、それももう限界が近づいてきていた。やはり倍の兵力差はいかんともしがたい。


「そのようですね……」

「だが、下がったとて長くは持たねえだろうな」

「やはりこの兵力差でどうにかしようとするのが、無謀だったとしか……」

「まあそう言うな。俺らには八幡がついている。いい機会だ。地黄八幡の旗を掲げよ!」

「はっ!」


 景気づけにと、晴氏は黄色の地に八幡と書かれた軍旗を掲げた。その旗はたちまち城中に掲げられる。こうした精神論で兵士の士気を維持するのは一軍の将として重要な事だ。


「まあ後は、例の小細工がバレないことを祈るとしよう」

「そ、そうですね……」


 このちょっとした小細工。ヴェステンラント軍に察せられれば、この城とてすぐに落ちてしまうだろう。そういう類のものだ。


 ○


「殿下、今のようにただ真正面から攻めかかるだけでは、徒に兵を損耗させるだけかと……」


 ラヴァル伯爵はドロシアに訴える。既に2千を超える死傷者を出しているにも拘わらず、戦局は一向に進展していなかった。


「ちっ……有色人種共が……」

「殿下、そのようなお考えはどうかお捨て下さい。我らは何としても勝たねばなりません」

「分かってるわよ。じゃあ塹壕でも掘る?」

「それがよろしいかと」


 城門の手前に塹壕を掘り、それを少しずつ前進させ、いずれは城門まで攻め込む。太古の昔から使われてきた伝統的かつ堅実な戦法である。


「そんなことをしてたら、一体どれほど時間がかかることか……」


 ドロシアは珍しく溜息を吐いた。


「仕方ありません。城攻めとはそう言ったものですからな」

「……いえ、少しは早く攻め込めるかも」

「と、仰いますと?」

「まあ面倒だけど、私が出るわ。最初は私が掘る」

「……殿下がそれでよろしいのならば、お任せ致します」

「ええ。じゃあ行ってくるわ。護衛の兵を用意させて」

「はっ」


 ここに来てドロシアはやっと、五大二天の魔女の力を使うことに躊躇いがなくなってきていた。


 ○


「あれは……黄の魔女だ! 撃て!」


 大八洲兵は十人ほどの魔女に守られながら悠々と城門に接近するドロシアを発見した。


 一斉に矢を撃ちかけるが、やはり多数の魔女が完璧な壁を作り、ドロシアに矢を届かせることは出来なかった。


「大八洲も大したことないわね。もっと殺しにかかってくるかと思ったけど」

「向こうも疲弊しているのでしょうか」

「自分が苦しい時は敵も苦しいって奴ね。ならいいけど」


 明らかに大八洲の攻撃は弱まってきている。まあヴェステンラント軍も疲弊して、それを突破出来るだけの勢いを失っているのだが。


「ドロシア様、この辺りがよろしいかと」

「そうね。じゃあやるわよ。ちょっと離れてなさい」

「はっ!」


 ドロシアは後ろを向いた。そして魔法の杖を地面に向け、その大地があるべき姿を強く思い浮かべる。


 すると次の瞬間、視界の端から端に至るほどの長大な溝が現れた。その正面には土が山を作っている。


「上手くいったわ。下がるわよ」

「はっ!」


 ドロシアは魔女達とともに下がりながら、塹壕を更に何重も形成していった。最初の塹壕に兵が安全に入る為の通路である。


 その時、ドロシアはふと思って立ち止まった。


「あなたたち、まだ魔法は尽きていないの?」


 防壁を張り続けている魔女にドロシアは尋ねた。


「え、はい。まだエスペラニウムは尽きておりませんが……」

「やけに長く持ってると思ってね」

「それは……敵の攻撃が弱まっているからでは?」

「そうかもしれないけど……」


 そう言われたらそれまでだが、ドロシアは何か違和感を覚えた。それは些細なものだったが、どうしても放っておけなかった。


「ちょっと待って。少し前に進みなさい」

「は、はっ!」


 戻って来た道を再び前進する。そこには壁に弾かれて落ちた多数の矢が転がっていた。ドロシアはその何本かを手に取った。


「その矢が、どうかされたのですか?」

「黙ってて……」


 何本かの矢尻を触ってみる。それは魔法によって加熱されたものだが、時間が経って素手でも触れるほどには冷めていた。


「矢によって温度が違う……」

「ほ、ほう……」


 同時に放たれた筈の矢なのに、その温度には差があった。人間の感覚でも分かるほどの大きな差である。


「……ああ、なるほどね……」

「は、はあ……」


 ドロシアはニヤリと微笑んだ。

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