籠城戦
その日、晴虎は城内で北條常陸守晴氏と面会した。晴氏は大八洲で第三位の大名であるが、その気さくで下級の武士にも気兼ねなく接する性格から、将兵の信頼は厚い。
「晴虎様、このような時に某をお呼びになるとは、どんなお話で?」
晴氏は黑鷺城を守る兵の配置を任されており、今はちょうど仕事が忙しい時だ。そんな時に指揮官を直接呼び出すのは賢明な判断とは言えない。
「北條殿の苦労はよう分かっておる。長く引き留めはせぬ」
「それはありがたい。それで、ご用件のほどをお教え願えますか?」
「うむ。我はこれより、この城の全ての兵をそなたに預けようと思う」
「……は? 正気ですか?」
ここには諸大名の兵がおり、それを統率出来るのは晴虎だけの筈だった。大大名しか残っていないこの城では晴虎以外の大名は全て同格であり、誰かが上に立つことは出来ないからだ。
「っと、これは失礼。しかし晴虎様、何故にそのようなお考えを?」
「……我は籠城というものをしたことがないのだ」
「そ、それはそれは……確かに晴虎様なれば、籠城などする意味がありませんからな」
晴虎はこれまで、全てを野戦で制して来た。
大抵の武将は圧倒的な兵力差で戦わざるを得ない状況に追い込まれた時、籠城を選ぶ。味方の援軍があればそれまで耐えればいいし、そうでなくとも敵を疲弊させ撃退出来るかもしれない。
だが晴虎にはそんな必要はなかった。どれだけの兵力差があろうとも真っ向から戦を挑んで全て勝てたからである。
「晴虎様ならば、城の守りであっても我らの中で最もよく兵を扱えると存じますが……」
「世辞はよせ。一度も籠城したことのない者に城を任せようなど、我は思わぬ」
「それは……」
晴氏は言葉に詰まった。交渉事が得意でない彼には、何と言い出すべきか分からなかった。
「晴氏殿は、籠城に秀でた武将であると聞く。まだ我が元服する前のことであるから、人づてに聞いたことではあるがな」
「確かに、そう呼ばれたこともありましたな。十倍の敵を相手に半年ほど引き籠ったこともあります」
「流石じゃ。なれば、この晴虎よりもよほど籠城を知っているに相違あるまい。どうか引き受けてはくれまいか?」
「……でしたら、相分かりました。この晴氏めが黑鷺城をお引き受けしましょう」
あまり遠慮というものがない晴氏だ。そこまでせがまれては、断るのも時間の無駄というものである。
「しかし晴虎様、晴虎様とは違い、某は他の大名の上に立てる家柄でもありません。その辺りはどのようになさるおつもりで?」
「家柄など気にするでない。そなたの命に従うよう、我が諸大名に申し伝えよう」
「それは……晴虎様の命とあれば皆従うでしょうが、それではあまりにも……」
「人は皆、生まれながらにして等しく天子様が僕。貴賤などありはせぬ。強いて言うなれば、天子様のみが貴く、天下は全て賤しきものなり」
――こいつは晴虎様の悪い癖だな……
超国家主義とも言える晴虎の個人的な思想。それがもたらす軋轢は、彼の圧倒的な軍才で帳消しに出来ていた。しかしわだかまりが少しずつ溜まっているのは確か。
いずれどこかで謀反が起きてもそう驚きはしないと晴氏は思う。
「……承知し申した。そのように取り計らいます」
「頼んだぞ。我の――上杉の兵も、そなたの一存で好きに使い潰して構わぬ」
「ははっ!」
かくして北條常陸守を総大将として、大八洲軍は籠城戦を開始した。
○
その翌日、ヴェステンラント軍はついに攻撃を開始した。
「進みなさい! 怯むな!」
黄公ドロシアが自ら率いるのは、黑鷺城正面の大手門を攻撃する部隊である。ヴェステンラント軍13,000、大八洲軍6,000と、両軍ともに最大の兵力をここに集結させている。
大手門はこの城に見合った巨大なものであり、その手前には複数の櫓からの射撃が集中するように設計されている。
ここを突破するのは非常に困難であるが、突破してしまえば大兵を一気に城内に雪崩れ込ませることが出来、ヴェステンラント軍の勝利はほぼ確定するだろう。
当然ながら大八洲軍もそれを理解しており、抵抗は激しいものである。
「矢は確実に防ぎなさい! 多少進むのが遅れても構わないわ!」
視界を埋め尽くさんばかりに飛来する大量の矢。
それに対し、ヴェステンラント軍は数百の魔女が最前線で防壁を展開し、破城槌を持った魔導兵を護衛しながらゆっくりと前進する。
「くっ……流石に、ここでの反撃は激しいわね……」
矢の数はあまりにも多い。流石の魔女たちもエスペラニウムを瞬く間に消耗し、代わる代わるに前に出るのを繰り返さざるを得ない。
前進を続けながらこの作業を行えるほどヴェステンラント軍の練度は高くなく、前線は遅々として進まなかった。大八洲軍の作戦勝ちと言えるだろう。
「面倒ね……こんなに矢を出しまくれるとは思わなかったわ。少しは矢を惜しみなさいよ……」
とても補給が見込めない籠城側がする攻撃ではない。結局初日には、ヴェステンラント軍は門前の堀に触れることすら叶わなかった