布陣
ACU2312 5/21 日出嶋 黑鷺城近郊
黑鷺城は黑尊國の都に存在する城である。そう言われれば人は十中八九、城下町の中に堀やら天守やらが存在しているのだと思うだろう。
だが実際は逆である。この黑鷺城の中に都があるのだ。都は厚い城壁で完全に囲われ、その総構の長さは10キロパッススを超える。これほどの巨城をヴェステンラント軍は落とさなければならない。
黑鷺城を臨む平野にヴェステンラント軍は堂々と陣を張った。ここからどう攻めるかは、これから決める。
「殿下、どうやら敵はそのほとんどが黑鷺城の中に立て籠もっているようです」
「何?」
黄公ドロシアの下に偵察兵が駆け込んできた。
「はっ。あえて偵察するまでもありませんでしたが……こちらをご覧くだされば分かることです」
「そう」
ドロシアは偵察兵が差し出した双眼鏡を覗いた。すると確かに、彼が言わんとすることが分かった。
「なるほど……旗か」
「はい。敵の軍旗がはためいております」
黑鷺城の中には無数の軍旗が翻っていた。白、黒、赤、黄、各々の大名が趣向を凝らした軍旗は、都の至る所に掲げられている。
「大八洲軍の平均的な軍旗の数と比べますと、おおよそ5万の兵が城内にいるかと推測されます」
「なるほど。だからほぼ全軍が城内にいるってことね。分かった。引き続き黑鷺城を注視しておきなさい」
「はっ!」
敵の腹までは分からないが、現状は分かった。現状、敵はその兵の大半が城内にあって、城外に奇襲部隊がいるとしても1万以内であろう。
そして先の夜討ちでヴェステンラント軍は奇襲に対して神経を尖らせており、その程度の兵力で効果的な打撃を与えることは出来ない。
と、状況を把握したところで、軍議に入る。3人の大公を中心とした軍議である。
「――なるほど。敵は籠城の構えか」
陽公シモンは言った。ここまで近づいても城から打って出てこないのならば、大八洲勢は籠城戦を望んでいると考えるのが自然だ。
「今は城の中にいても、籠城するとは限らないのではないでしょうか?」
シモンに対して青公オリヴィアはおずおずと、しかしなかなかに鋭い指摘をした。ヴェステンラント軍を引きつけた後に野戦に打って出るつもりかもしれないと。
正直言って晴虎の行動は予測不能だし、統率が非常に取れている大八洲軍ならそのくらいやりかねない。
しかしシモンはそうは思わなかった。
「いいや、籠城策を取ることは疑いようがない」
「? 何故です?」
「黑鷺城は完全に軍事的な拠点ではなく、あくまで都を守るべく作られたものだ。つまり……守りには向かない平地にあるということだな」
古今東西、人が集まりやすいのは平地である。その都に合わせて黑鷺城は普請された。
「よって、我々が城から出る兵や入る兵を監視することは容易だ。敵が打って出ようものなら、それはすぐさま分かり、我々は集中攻撃を仕掛けることが出来る。それが分からない晴虎ではないだろうな」
「な、なるほど……」
これが山城であったなら、城の裏手から密かに兵を出して奇襲をしかけさせるといったことも可能だろう。だが黑鷺城は完全な平城だ。
ヴェステンラント軍に隠れて兵を出すことは出来ない。もしも城門を開ければそこからヴェステンラント軍が雪崩れ込むのみである。
「だったら、この城をどう落とすかだけに集中すればいいわね」
「そういうことになるな」
「わ、分かりました……」
純粋な攻城戦だ。しかし黑鷺城は非常に堅固な城であり、城攻めは大変な困難が予想される。
「問題はあれをどう落とすか、ね……」
ドロシアの声が若干暗くなった。兵力差は倍以上とは言え、城を落とすのは難しい戦いになるだろう。そもそも城とは数倍の兵力差で攻め込まれても耐え抜けるように出来ているのだ。
「力攻めでは、こちらの方が先に力尽きてしまう可能性の方が大きいだろう」
「そうね……」
攻め込む側の方が当然ながら犠牲も大きく、兵は疲れ果てるだろう。
「でしたら、兵糧攻めでもします?」
「まあそれが堅実ではあるわね」
先にあったようにこの城は平城である。敵が兵糧を搬入出来ないよう、完全に包囲することは難しいことではない。
「しかし……あの規模の城だ。中に蓄えてある兵糧も、相当な量になるだろう」
「それもそうね……」
都を1つ囲い込んだ城だ。相当な量の兵糧が蓄えられているだろう。
「となれば、こちらの兵糧も心配だな。ドロシア、補給を持たせることは可能か?」
「ええ。それについては問題ないわ。半年くらいまでなら、まあ余裕でしょう」
「分かった。その手段については聞かないこととするが……」
「その方が賢明ね」
事実、ドロシアはろくでもない手段で食糧を調達しようとしていた。
「では、一旦は兵糧攻めをすることにしましょう。敵の出方を見るわ」
「それがいいだろう」
「わ、分かりました」
大八洲軍の兵糧が予想より早く尽きればそれが最良だ。
そうでなくとも、兵糧が不足し始めれば兵の士気も下がる筈。そこを叩けば一気に落城せしめることは不可能ではない。