第二次イジャスラヴリ空襲Ⅲ
想定外の敵は撤退した。まさか2回目の出撃にして爆撃機に傷が付けられるとは思わなかったが、作戦に支障はなし。
「まもなくイジャスラヴリ市街地上空です」
「よーし。では全機、爆撃開始!」
ライラ所長の号令で、爆撃が開始された。
1機につき20個積んである高性能の爆弾。たった一撃で城をも破壊出来るその爆弾が合計60個、イジャスラヴリに降り注ぐのである。
「シグルズ、全体に満遍なくだよ。気を付けてね」
「作戦を立てたのは僕なんですから、分かってますよ」
今回の作戦では1区画を集中して爆撃するのではなく、都市全体に薄く破壊をもたらす。破壊そのものは目的ではなく、多くの民に恐怖を与えるのが目的だからである。
まあシグルズは戦略爆撃についてはあまり詳しくなく、これが正解なのかは分からないのだが。
「では、投下します」
「了解ー」
投下装置を作動させるだけで爆弾が投下される簡単な仕事だ。砲撃や銃撃と比べると実感が薄い。
しかし地上では家屋が次々と破壊されている。屋根だったもの、壁だったものが空を舞い、そこら中に瓦礫の山を形成していく。
「うーん……まだまだ爆弾は改良が必要かもね……」
ライラ所長は地面を見下ろしながら呟いた。
「操縦に集中してもらいたいんですが……どうしました?」
「いやー、見たところ、1つの目標に対する破壊力はあるけど、範囲が狭いよね」
「確かにそうですね」
確かに命中した建物は一撃で粉砕されたが、一方で周辺の建物への被害は少ない。
「しかし、爆弾をいくら改良しようと、範囲の方には限界があるかと……それに、破壊そのものは目的ではありません」
「そう? でも、いずれ破壊が目的になるかもだよね?」
「そうなっては欲しくないですが……はい」
「まあ、ここで話し合っても何もないね。後でまた話そう」
本格的な破壊と虐殺の為の爆撃。それに関してはシグルズは賛同しかねる。シグルズの前世の祖国大日本帝国は、アメリカ合衆国による大虐殺の被害国なのだから。
まあそんな話は置いておいて、爆撃機は用意した爆弾を全て使い切り、イジャスラヴリ中に破壊の旋風をもたらした後、無事にメレンへと帰還した。
〇
「これは、なんということだ……」
跡形もなく吹き飛ばされた民家の前で、ホルムガルド公アレクセイは呟いた。
「やはり前回の攻撃は偶然ではなかったか……。我々の技術では、この爆弾に耐えられる建造物を作るのは不可能、か」
「そのようですな……やはり城は捨てて目立たない場所で政務を続けるしかありますまい」
何件かは貯蔵庫として地下室が設けられていたが、その中身まで爆散している。ダキアの土木技術ではこの空襲に耐えられる建造物を作ることは不可能だ。
「取り敢えず、破壊された家々の撤去を進めよ。また、家を失った者には新たな家が与えられるよう、手配せよ」
「はっ!」
親衛隊は早速都市の復旧に取り掛かった。魔法の力をもってすれば瓦礫の撤去などは容易であり、都市機能の復旧は一日とかからずに完了した。
だが、市民を戻すかどうかについては意見が分かれる。
「それで、ホルムガルド公殿、都市の外に避難させている民ですが、春に差し掛かったとは言えまだまだ寒く、長くは持ちますまい」
「それは分かっているが……またこのような攻撃があれば、民に多くの犠牲を出すことになるだろうからな……」
「さりとて、このままでも民は寒さで死んでしまいます!」
「ぐぬぬ……」
ダキアの一般市民の健康状態は控えめに言ってもよろしくない。今のような状態では猶更だ。暖炉もない屋外で野宿をさせていれば、数日のうちに死者が出るだろう。
だが暖かな家に戻したとて、その家ごと吹き飛ばされるかもしれないのだ。
「これは、どうすればよいのだ……」
アレクセイにはマトモな解決策は思いつかなかった。
「我がイジャスラヴリだけではなく、大公国のあらゆる都市がこのような状態に置かれれば、とても国を維持出来ますまい。かくなる上は……」
「降伏せよと言うか?」
「それも考えねばならぬかもしれません」
「く……」
恐怖を与えるという本来の目的からは若干ずれているが、空襲は十分に効果的であった。ダキアは既に追い詰められ、のっぴきならない状況に陥っていたのである。
○
翌日、イジャスラヴリでの仕事を一旦片づけたアレクセイは、ピョートル大公のいる大突厥國に戻った。
「――イジャスラヴリの様子は、このようでした。大公殿下、このまま戦争を続けるならば、民に多くの犠牲が出ることは必定です」
「そう、か……だが、ここで退くわけにもいかない。民に犠牲を出そうとも……だ」
「なればせめて、出来るだけ民に犠牲が出ない方策を考えねばなりません。それと、民が一揆を起こすやもしれませんから、その対応も考えねば」
「……そうだな。よくぞ言ってくれた」
空襲で民が恐怖に耐えかね、和平を求めて一揆を起こすかもしれない。それこそがゲルマニア軍の狙いであるのだが、その可能性はダキア軍にも見えていた。
まだ空襲は始まったばかり。いかなる結末が待ち受けるかは、まだ誰にも分からない。