第二次イジャスラヴリ空襲
ACU2312 4/23 ダキア大公国 メレン
「――これで、準備は万端だね」
「はい。出撃の準備は整いました」
狭苦しい爆撃機の中で、シグルズはライラ所長の副官のような仕事をする羽目になっていた。実際、ライラ所長は軍人ではないから、軍と連絡を行う将校は必要だ。
「しかし、たったの2週間程度で2機の爆撃機を用意するとは、流石はライラ所長です」
「あんまやりたくないんだけど……まあゲルマニアの為を思えば仕方ないからね」
今このメレンには3機の爆撃機がある。帝国第一造兵廠にあった試験機を実戦で使えるように急ごしらえしたものだ。
ライラ所長に言わせればいずれも未完成品なのだが、それでも問題なく作戦を遂行出来ることは前回の空襲の際に示してしまった。
そのせいで言い訳など出来ず、使えるものを全て出し切ったのがこれである。
「――出撃の許可が下りました」
「了解ー。じゃあ出撃!」
3機の爆撃機は編隊を組み、再びイジャスラヴリの空へと向かった。
○
ACU2312 4/23 ダキア大公国 イジャスラヴリ
「――敵の爆撃機を確認しました! こちらへ迫っています!」
「やはりか……親衛隊総員、迎撃態勢を整えよ!」
「はっ!」
再びイジャスラヴリが標的となる公算は大であった。そこでイジャスラヴリには3,500の親衛隊と親衛隊長アレクセイ、そして飛行魔導士隊が派遣され、爆撃機への備えを進めていた。
「備えと言っても、こちらからは手を出せないのですな……」
イジャスラヴリ伯は悔しそうに呟いた。
「そうかもしれない。だが、我々親衛隊の目的はダキアの民と国土を守ること。決して敵を撃滅することだけが仕事ではない」
「これは……まったく、その通りですな」
親衛隊には爆撃機を攻撃する術はない。
どこに爆弾が落ちてきてもいいように民を避難させ、火災が発生した際には速やかに消し止め、通りが塞がれれば速やかに瓦礫を撤去する。これが親衛隊の役目である。
「しかし、まだ真冬でないだけ幸いでした」
「まあな。まだ天幕と焚火だけで何とかなる」
今は冬が終わり春が始まった時分。長くは無理だが、数日程度ならば、民をほとんど屋外のような場所に避難させておくことは可能だ。そうしておけば人的被害は最小限に抑えることが出来る。
「後は、民がいち早く元の家に戻れるようにすることと、そしてあわよくば爆撃機を落とすこと。それが我々の任務だ」
「それは……爆撃機を落とす手立てがあるのですか?」
「まあ、なくはない。本当に弾を当てられるかは疑問だが……」
「なれば、私としては親衛隊を信じるのみです」
「感謝する」
ダキア軍は既に空襲の特性を把握し、ある程度の対策を立てているのだった。
○
一方その頃、イジャスラヴリ郊外にて。
「隊長、それで何とかなるんでしょうか……?」
「それは分からないわ。でも、何とかしなければね」
エカチェリーナ隊長はその身長よりも長い巨大な銃を抱えていた。見た目としては端っこに引き金が取り付けられているだけで、ほとんどただの筒だ。
「この対空砲でも、届くのは精々500パッスス。1,500パッススは自力で飛ばないといけない」
「そんな高度……誰も飛んだことないのに……」
「大丈夫、何とかして見せるわ」
エカチェリーナ隊長は微笑んで見せた。
○
そしてその頃、イジャスラヴリ近郊の空にて。
「ふーん……外に人がたくさんいるみたいだね……」
「そうですね。市民を外に避難させたようです」
都市の外に多数の天幕が並んでいるのは、爆撃機からも目視出来た。どうやらダキア人は都市から人を避難させることを選んだらしい。
「どうする、シグルズ? 市民は外に出てるけど、都市を爆撃する? それとも外にいる人間を攻撃する?」
選択肢は二つ。人を殺すか都市を焼くか。
「カルテンブルンナー全国指導者の作戦からすると、人を殺すことは必要かもしれませんが……しかし都市を破壊すれば十分だと思えなくもないですし……」
正直人間の心理というものは分からないが、どちらでも敵を恐怖させるには十分だと思える。そしてやるなら、軍人以外に被害が出ない方を選びたい。
「取り敢えず市内を攻撃する?」
ライラ所長もそっちの方がいいらしい。
「はい。そうしましょう。建物を壊せばまあ目的は達せられます」
「了解。じゃあ目標はイジャスラヴリ市内。適当にそこら中を爆撃」
「はい。それでは予定に変更はせず――ん?」
その時、一応は搭載していた魔導探知機が反応を示した。
「どうしたの?」
「いや、魔導探知機に反応がありまして。これは……僕たちの下ですね」
「また下に無駄に魔導兵が集まってるんじゃなくて?」
「いえ、それにしては反応が大きいような……」
これは気がかりだ。シグルズは照準器を使って下を見てみる。すると信じられないものが見えた。
「ま、魔女か。こんな高度に……」
眼下では、黒い翼を生やした数十の魔女がこちらに迫ってきていた。
まだ数百パッススの距離はあるものの、高度1,000パッススは飛んでいる。驚くべき高度である。