次の空襲
ACU2312 4/3 帝都ブルグンテン 総統官邸
「一先ず、空襲は成功したようだな」
「はい。目標であったイジャスラヴリ城へ見事、投擲爆弾を命中させることに成功しました」
ローゼンベルク司令官はイジャスラヴリ空襲の結果を総統官邸に報告した。
爆弾を一発落とし、見事に目標に命中した。まあ世界で初めての空襲としては上々といった成果であろう。
「それで、イジャスラヴリ伯を殺害することには成功したのか?」
「はっ、それについては調査中ですが……殺せていない公算の方が高いかと思われます」
「何故だ?」
「空襲のその日を除いて、イジャスラヴリに大した混乱が見られていません。これは伯爵が生存しているからだと思われます」
「なるほど。まあ作戦の目的は我らに空爆の能力があると示すことだ。問題はない」
伯爵については殺せれば嬉しい程度のものだった。別に殺せなくても、作戦の目的は十分に果たせた。
「しかし……ダキアに特に動きはないか」
「はい。彼らには降伏しようとする気はまるでないようです」
舞台俳優か何かと勘違いされがちな男、リッベントロップ外務大臣は応えた。今のところダキアに降伏の意を伝えようとする動きは特に見られていない。
「まだ考えあぐねていて、今後彼らが降伏を選ぶ可能性は?」
「それは期待出来ないかと」
「そうか……」
「お言葉ですが、我が総統」
その時、カルテンブルンナー全国指導者が会話に割り込んだ。
「何だ?」
「はい。たった1つの爆弾で敵に恐怖を与えられたと、総統は本当にお思いでしょうか?」
「それは……我が軍が、どこにいようと一切の妨害なく、誰でも爆殺出来ることを示せたのだから、十分に恐怖を与えられたのではないか?」
事実、いつ殺されてもおかしくないという事実は、ダキアの首脳部を震え上がらせている。
「確かに、その通りでしょう。しかしながら、それは真の恐怖ではありません。自らに危険が及ぶかもしれないと理性が判断した上で覚える恐怖です」
「つまり何が言いたい?」
「理性がもたらす恐怖とは、理性によって容易に克服出来るもの。彼らは一旦は震え上がるでしょうが、一晩休めば冷静になって、目立つ建物から避難でも始めることでしょう」
「確かにな……」
地球で敵の拠点への精密爆撃が意味を持つのは、破壊するに足る拠点があるからである。
だがダキアには破壊されたくないものなどほぼ存在しない。生産施設がないに等しい以上、指導者が生きてさえいればなんとかなるのだ。
そして、人間を避難させるのは極めて簡単なことである。
「では、どうすればよいのだ?」
「敵を心の底から恐怖させなければなりません。つまり、民間人を無差別に爆撃するのです」
「なっ……」
シグルズが言い出す前に、カルテンブルンナー全国指導者がその結論に達した。
民間人を虐殺し、爆撃機の恐ろしさというものを心から理解させねばならない。そのくらいしなければ、ダキアのような国を降伏させることは出来ない。
「本気で言っているのか?」
「無論です。それとも、今更騎士道精神などを持ち出されるのですか?」
「む……」
これまでゲルマニア軍は――と言うかエウロパで戦争をしている全ての国は、基本的に民間人への被害が及ぶことを避けてきた。
戦争はあくまで軍人がすることであって、民間人は関係がないのだから彼らに危害を加えるべきではないという、伝統的な価値観に基づいていの行動である。
だがカルテンブルンナー全国指導者はそうは思わない。国家の全てを攻撃の対象にしなければ勝てないと、彼は確信している。
「……確かに、カルテンブルンナー全国指導者の言うことにも理はあるように思える。だが……我々から積極的に民間人を殺しにいくというのはな……」
やはりその点が引っかかる。ヒンケル総統にその裁可を下せるほどの勇気はなかった。
「でしたら、私から一つ、援護射撃でもしましょう」
西部方面軍ザイス=インクヴァルト総司令官は言った。
「今度は何だ?」
「カルテンブルンナー全国指導者の策は一見して極めて野蛮なように思えますが、しかし実際のところ、実に人道的な戦略なのです」
「――もったいぶらずに説明してくれ」
「はっ。カルテンブルンナー全国指導者の策――民間人への攻撃は、それによって敵を恐怖させ、ダキアの継戦能力を奪うことが本旨です。従いまして、我々は一兵の犠牲も出さずに戦争に勝利することが出来ます」
「だがダキア人は死ぬではないか」
「確かにある程度の民間人には犠牲になってもらわねばなりません。しかし、逆に言えばその程度で済むのです。そもそもこの空襲の目的はダキア人を殺すことではなく、恐怖させること。数千人程度殺せば、たったそれだけの犠牲で、正面から戦えば出ていたであろう数十万人の犠牲を出さずに済むのです」
少数の民間人を犠牲にすることで、大勢の軍人を救う。出来るだけ多くの人間の命を助けることを人道的と称するのならば、これは紛れもなく人道的な戦略なのである。
「……よかろう。ただし、被害は最小限に抑えるように」
「はっ」
ヒンケル総統は渋々と作戦を承認した。