空襲の衝撃
ACU2312 4/3 大突厥國
イジャスラヴリ空襲という衝撃的な報告は、その30分後には大突厥國のピョートル大公の下に届いた。だが最初は、火薬庫か何かが爆発でもしたのだろうとして、誰も真面目に取り合おうとはしなかった。
実際、イジャスラヴリは重臣の多くを失ったことにより大混乱に陥っており、正確な情報を届けることすらままならなかった。そしてようやくピョートル大公がことの重大さに気づいたのは、翌日の事であった。
「――で、間違いはないのだな? ゲルマニア軍がイジャスラヴリに直接攻撃を仕掛けたというのは」
「はい。報告を纏める限りでは、イジャスラヴリ市民が全員集団幻覚でも見ていない限り、ゲルマニア軍が何らかの方法でイジャスラヴリを攻撃したのは間違いないかと思われます」
ホルムガルド公アレクセイは各地からの報告を纏め、ピョートル大公に報告した。
「そう、か……これは困ったことになったな……」
ピョートル大公は暗い声で呟いた。これまでに全くなかった類の問題が現れ、ただでさえ滅びそうなダキアの滅亡を加速させかねない。
「それで、その方法とはどのようなものなのだ?」
「こちらは正直ほとんど分かっておりませんが、ゲルマニア軍は巨大な空を飛ぶ機械を用い、砲弾を空から投げ落としたとのことです」
「巨大な空を飛ぶ機械、か……マキナ君、何か情報は?」
マキナはいないが、ピョートル大公は彼女を呼んだ。すると誰もいなかった空間に、一瞬にして無表情のメイドが現れた。
ヴェステンラントからの援軍である彼女は、日々ゲルマニア軍の魔導通信を傍受し、ダキアの戦争を裏から支えている。
「はい。彼の機械が製造されたのはゲルマニア第一造兵廠かと思われますので、それ自体についての情報はありません」
「まあ、そうか……」
西部戦線はブルグンテンに近く、ゲルマニアの兵器についていくらかの情報を掴むことも出来た。しかし遠く離れたダキア戦線ではどうすることも出来ない。
「しかし、気になる情報があります」
「何だ?」
「近頃のメレン周辺で、『爆撃機』という単語が何度か使われています。恐らくは、これが新兵器の名前かと」
「確かに、そのようだな。名前が分かったところでどうにもならないが……」
結局のところ爆撃機がどのようなものかは不明だ。通信を傍受したところでそれ以上の情報は得られなかった。
マキナは再び闇へと消えた。
「まあ名前が分かっただけよしとしよう。我々はこの爆撃機について、色々と対策を練る必要があるだろう」
降伏する気などさらさらない。
「対策……ですか」
「ああ。まずは爆撃機の能力についてだが、今のところはどう思われる?」
「はっ。現状で判明しているのは、我々が全く手を出せない上空から、かなり精確に砲弾を投下する能力があるということです。いつまでも飛べるとは思えませんが、今のところどこまで飛べるかは不明です」
「分かった。であれば、今後はダキアのどこにいようが、いつでも爆撃機に殺される危険があると考えよう」
「……はっ」
そう言われれば、諸将もざわめく。これまではどこか遠い出来事であったのが、ここにいる誰でも殺される可能性があると知らしめられたのだ。
「まずはこの点だな。ルターヴァ辺境伯のように貴族を殺されまくっていては、我が国が立ち行かなくなる」
「そうですね。まずはここからです」
これまでは安全圏から指揮をするだけだった大貴族達に、いつでも殺される危険が出てきた。封建制真っ盛りであるダキアにおいて、君主が死ぬのは基本的に大問題である。
ルターヴァ辺境伯の時のようなことが立て続けに起こればピョートル大公とて対応しきれない。
「この点については――まあ諸侯は文句を言うだろうが――目立つ政庁から立ち退いてもらうのがよかろう」
権力の象徴である城から立ち退くのを嫌がる貴族は多いだろう。まあ自分の命と天秤にかければ城の方を捨てるだろうが。
「はい。敵は目立つものしか狙わない、いえ、狙えないでしょうから」
ゲルマニア軍に地上の人間の顔まで識別出来るような機械があるとは思えない。目立つ建物を避ければ首狩りを避けることは容易だろう。
「しかし問題は、野戦の際に爆撃機が出てくることですね。戦闘が極めて不利となることは容易く予想出来ます」
空からの攻撃が敵軍の勢いを削ぎ自軍の攻撃を補助するのに有力であるというのは、古代から知られていること。
問題はそれが非対称になったことである。ゲルマニア軍は対空機関砲によってダキアの飛行魔導士隊を追い払うことが出来るが、ダキア軍には爆撃機を攻撃する手段がない。
「そうだな。こればかりはどうしようもないか……」
軍団を隠すことなど出来ない。これについては対策の立てようがないのだ。
「なんとかして爆撃機を攻撃する手段を編み出す、としか……」
「そこら辺は飛行魔導士隊に任す。よろしく頼むぞ、エカチェリーナ隊長」
「はい。今も何時も世世に」
とは言え、高度2,000パッススを飛ぶ相手と戦う手段など、誰にも思いつかなかった。