爆撃機Ⅱ
「う、浮いた……」
「浮きましたな……」
「よし……成功だ……」
加速し切った爆撃機は、わずかに地面から飛びあがった。そして一度浮き上がれば、たちまち高度を上げていく。
「これが空を飛ぶ機械か……」
数十パッススの高度に巨大な鉄の塊が浮かんだところで、ヒンケル総統は感心して声を零した。
「はい。しかし、この程度で感心してもらっては困ります」
まだ魔女でも容易に到達出来るほどの高度でしかない。この高度では正直言って、機動力に優れた魔女の方が有利だ。
「そうか。もっと高くに上れるのだったな」
「はい。まあ見ていてください」
シグルズは若干興奮気味だった。この世界で人類が初めて空へと飛び立つ瞬間を見られるのだから、当然であろう。
爆撃機はその後も高度を上げ続け、もう点のようにしか見えなくなった。
「あれほどに巨大な物体が、あんな遠くに……」
「はい。参謀総長閣下ならば、あれがどれほど遠くにあるかお分かりでしょう」
「ああ。軽く2,300パッススは離れているな」
「やけに細かいですね……しかし、はい、そういうことです」
飛行実験は成功した。爆撃機は無事に、人間が魔法で到達することなど到底不可能である高度2,000パッススに達した。
「なるほど……確かにこんなものが襲ってきたら、我が国でも降伏しかねん」
「爆撃機の価値、分かっていただけたでしょうか?」
「無論だ。ダキアを屈服させる手段として、今のところ最有力だな」
「ありがとうございます、我が総統。しかし、まだ飛んでいるだけです」
「? どういうことだ?」
「あれは爆撃機です。空から爆弾を落として一方的に敵を蹂躙するのが本来の役目です」
「ああ、忘れていたよ」
ヒンケル総統もカイテル参謀総長も、あれほどに巨大な物体が空を飛んでいるというだけで十分過ぎるほどに衝撃を受けていた。
だがそれではただの旅客機だ。戦争にはならない。
「あれから爆弾を落とすのならば、そう難しい事ではないのではないか?」
「いいえ、総統閣下」
カイテル参謀総長は迷いもなく否定する。
「――と言うと?」
「あれほどの高度で、しかも高速で移動しながら爆弾を落とすとなれば、爆弾の軌道はかなりずれます。ただ真下に落とすだけではとんでもない方向に飛んでいくでしょう」
「言われてみれば……そうか」
カイテル参謀総長は下士官の時代から砲撃を数え切れないほどに指揮してきた。その経験から、爆撃というものがいかに難しいことか直感的に理解出来た。
一方のヒンケル総統は現場の感覚というものを欠いていた。まあそもそも軍人ではないし、二等兵しか経験したことのない総統では仕方のないことであるが。
「ん? ということは、ここで爆撃というのを見せてくれるのか?」
「はい。これが出来なければただの空を飛んでいる鉄の塊です。まあ半分くらいは木製ですが」
「よかろう。では見せてくれ」
「はい。とは言っても、僕は待つだけですが」
実のところ爆撃機と連絡を取る手段はない。事前に決めた演目を操縦士がこなすのを、シグルズが淡々と解説するだけである。
そうこうしているうちに、爆撃機は一回転してこちらに戻って来た。
「あれが合図です。この後、ハーケンブルク城の所領にある実験場に爆弾を投下することとなっています」
「万が一に外したらどうするんだ?」
「ああ……それはまあ、万が一に備えて人は避難させておりますので……」
「外す気満々ではないか……」
「そこまでの正確性は求めておりませんので……」
という訳で、さっきまで遥か向こうにあった筈の爆撃機はあっという間にハーケンブルク城の上空に迫った。そしてヒューッと何かが落下してくる音が響く。
「これは……砲弾並みの速度で落ちてきているようだな」
「はい。空気抵抗を減らすように設計された爆弾ですので、かなり加速されて落ちてきます」
「と、もうじき……」
その瞬間耳をつんざく爆音が響き渡った。と同時に、ハーケンブルク城を構成する櫓の一つが土煙を立てながら崩れ落ちた。
「あ、あれ…………僕の城が…………」
何の実用性もない廃城ではあったが、これでもシグルズの所有物。まあまあ悲しい。
「外れた……な」
「そうですね…………」
かなり広い敷地があったのに、その外に外れた。これは精確性に相当な難ありである。しかし、図らずしもいい試験になった。
「そう……そうですよ。たったの一撃で塔を一つ吹き飛ばしたのです。こんなものが空から降ってくるとなれば、ダキア人など容易く降伏する筈です!」
まだ一度もしていなかった建造物への破壊力の試験。それが今、図らずしも出来た。開発の参考にするにはまだ数が足りないにせよ、お偉方に見せるには十分だ。
「おお。そうだな。これならばどんな城に立て籠もろうと意味はない。どこに隠れようと我々の意思で殺せる、か」
「はい。という訳で、是非ともダキア戦線では爆撃機を使いましょう」
「分かった。これの実用化を進めるようライラ所長に伝えておいてくれたまえ。参謀総長も、これに備えて攻撃目標を策定しておいてくれたまえ」
「はっ。そのように」
かくして爆撃機は総統のお墨付きをもらうことに成功した。