爆撃機
「それでは……やはり皆様に航空機というものをお見せするのが早いですね」
「航空機はまだ開発の途上だと聞くが、あるのか?」
「はい。開発中とは言え、既に最後の調整という段階に入っています。一応は飛べる物は、もう完成しています」
参謀本部の面々を説得すべく、シグルズは航空機を見てもらうこととした。
〇
ACU2312 3/10 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城
「――という訳なんですが、いけます?」
三角帽子を被った偏屈な女性、帝国第一造兵廠のライラ所長にシグルズは事の一部始終を説明した。
「え、ああ……そう。君はいつも唐突だねえ」
実の所ライラ所長の確認など全く得ておらず、あの場で考えついただけの思いつきであった。
「それで……いけます?」
「うーん、まあ、確かに試作機は完成してるから、いけなくはないんだけど……」
「何か問題が?」
「うん。まだ完成してない品を見れるのは……その……恥ずかしい」
「ほ、ほう……」
まあ確かに、中途半端なものを見られるのが恥ずかしいというのは分からないでもない。とは言えこれは国家の大事だ。研究主任とは言え、個人の感情でどうこうしていい問題ではない。
「まあ僕の方が無理を言っているのは承知なのですが、技術的に可能ならば飛ばしてもらえないでしょうか? これに成功すれば爆撃機を軍部に公式に認められるんですよ?」
「うーん…………」
「あら、シグルズ、戻って来たと思ったらいきなり、どうしたの?」
その時、シグルズの義姉エリーゼが突然応接間に入って来た。
「姉さんこそ、第一造兵廠に何の用で?」
「私は大した用ではないわ。それよりも、シグルズは深刻そうだけれど」
「まあね」
シグルズはここまでの経緯を軽く説明した。
「そう……。でしたら、ライラ所長」
「うん?」
「シグルズのお願いを聞いて下さらなかったら……どうなるかはお分かりですよね?」
エリーゼはとても攻撃的な笑みを浮かべた。
「ぐぬぬ…………」
「ね?」
「分かった分かった。今回は、試作品を披露することにするよ」
「そうこなくっちゃ。それでは、私は失礼します」
「お、おお……」
エリーゼは一瞬にしてその場から去った。そしてライラ所長は、何故かは分からないがシグルズの要請を受諾した。
「一体何がどうなってるんですかね……」
「まあそこら辺は秘密ってことで。ともかく、爆撃機はこっちで用意しておくから、そっちは参謀本部を呼び出しといて」
「ありがとうございます。それではまた今度」
という訳で、かなりの土壇場だったが、爆撃機の性能を実演して見せるというシグルズの作戦は始めることが出来たのである。
○
ACU2312 3/20 ハーケンブルク城
その日、ヒンケル総統とカイテル参謀総長など、帝国でも名だたる面々がハーケンブルク城を訪れた。まあ流石に参謀本部に残っている者の方が多いが、政治と軍部の最高指導者が直々に訪れてくれただけで十分だ。
「――という訳で、まずはこちらが件の爆撃機となります」
「ほう。なかなか巨大なのだな」
ヒンケル総統は早速感想を零す。
全長は15パッススほど。地球の大型爆撃機を比べれば小ぶりだが、戦車の3倍程度の長さはあり、この世界の常識から見ればかなりの巨体だ。
「はい。大量の爆弾を搭載し、かつ航続距離を伸ばす必要がありましたので、こういう風になりました」
「魔導士とやり合うことは出来なさそうだが……」
カイテル参謀総長は憂うように言う。
「そもそも対空戦闘は考慮していません。魔女が到達出来ないほどの高度で行動することを前提としていますから」
「確かにそう、言っていたな」
戦闘機の様に空を自由自在に飛び回って魔女と戦うなど不可能だ。この爆撃機に出来るのは直進と緩慢な旋回だけ。
だがそれでよいのだ。魔女と直接戦うことはそもそもあり得ない。
「それでは早速、これが空を飛ぶところを見せてもらおうか」
「はい。時間を無駄には出来ませんね。もうじき準備が整い――と、始まったようです」
爆撃機の先端についた3枚の羽が回転を始めた。と同時に、けたたましい駆動音が辺り一面に響き渡る。
「なかなか、うるさいのだな」
ヒンケル総統は思わず耳を押さえた。
「はい。いつも通り快適性については度外視となっていますので……」
「仕方あるまいか……」
これは軍用だ。民生品のように顧客の満足度など気にする必要はない。要求された役目を果たせれば何でもいいのだ。
やがて回転が人間の目では追えないほどのものになってくると、爆撃機はゆっくりと前進を始めた。
「あの羽で進むのか」
カイテル参謀総長は不思議そうに尋ねる。カイテル参謀総長はあまり騒音などあまり気にしていないようであった。
「はい。あれが空気を大量に巻き込むことで、爆撃機全体を引っ張っているのです」
「なるほど……科学とは不思議なものだな」
「確かに、科学と魔法を混同するというのはよくあることです。しかしこれは純粋な科学なのです」
「お、おう」
そのまま爆撃機は加速を続け、優に機関車を超える速度に達した。