何とかなったダキア軍
ACU2312 3/3 大突厥國
「殿下、ゲルマニア軍が作戦が終了したことを公式に発表しました」
ホルムガルド公アレクセイはピョートル大公に報告した。
ゲルマニア軍は珍しく、東部冬季大攻勢の結果について、内外に広く公表したのである。
「ほう……それで、何と公表したのだ?」
「はい。ゲルマニア軍は我らの首都キーイを奪取したことで、作戦は成功したと発表しています」
「なるほど。これは何とも言い難いな……」
「失敗を誤魔化そうとしているだけでは? 彼らの目標である大陸打通は失敗したのです」
大陸打通とは何のことかと言えば、今はまだ分断されているグンテルブルク本国とメレンを直接連結することである。
今は生産設備の貧弱なスカディナウィア半島を経由することでしか補給が出来ないが、本土から直接ものを送れるようになれば、ゲルマニア軍の侵攻は捗ることだろう。
「アレクセイ、大陸打通というのは我々が勝手に予想していただけのことだ。ゲルマニア軍の目的は他にあったのかもしれんぞ」
「あ、確かに……彼らは戦車部隊を南に集中させていましたしね」
ダキア軍はゲルマニア軍の主力がメレンへと進撃する部隊――A軍集団であると予想し、その方面に総力を結集させていた。
だが実際はゲルマニア軍の意図を読み違えたらしい。
「しかし……となると、ゲルマニア軍はキーイを落とすことを最優先としていたのでしょうか?」
「作戦時の行動から見れば、そうなるだろうな。と言うか、それを考えるのは君の仕事ではないのか?」
「し、辛辣なお言葉を……」
実際、ゲルマニア軍の再精鋭が真っ先に向かったのはキーイだ。
「――はい。ゲルマニア軍がキーイを落とすことを主目的としていたことは間違いありません。問題はその目的ですが……」
「首都を落とせば我々が怖気付くと思った、くらいしか考えられんな」
「はい。だとすれば、我々は舐められたものです。キーイなど……我々にとっては何の意味も持たないと言うのに」
ダキアにとってキーイなど最早どうでもよい地方都市のひとつに過ぎない。それを落とされたところで痛くも痒くもないのだ。
「まあ、これで我々が降伏すると思っているのならば、ゲルマニア軍に教えてやろうではないか。我々は最後まで戦い続けるとな」
「もちろんです。それに、今回の勝利で風向きは我が方に変わりつつあります。諸侯も奮い立つでしょう」
つまるところ、両軍共に相手の意図を読み誤り、第一軍と第二軍をぶつかり合わせてしまったのである。
しかしどちらが勝利を掴んだかと言えば、恐らくはダキアであろう。ダキアが失ったものは不要な土地だけだが、その代わりにゲルマニアに勝利したという名声が得られた。
実際のところはゲルマニアが本気で攻める気がなかったものを全力で撃退しただけなのだが、勝利には違いない。
「それと、殿下、ゲルマニアから降伏勧告が届いておりますが、どうされますか?」
「何? 普通はそれを最初に言うべきだろう」
「答えは決まっておりますので」
「……まあな。無論、拒否だ。そう伝えよ」
「はっ!」
ここにゲルマニア軍の作戦は失敗に終わった訳である。
「とは言え、敵の主戦力とぶつかって、我々が勝てるかどうか……」
「時間さえ稼げればよいのだ。我々はそもそも勝てない」
「……はい。でしたら、大陸打通をされることだけは回避し、後はもう来るに任せるしかないようですね……」
「不甲斐ないが、戦力を失った我々にはそれしかない」
レギーナでの大敗で、ダキア軍は多くの戦力を喪失した。広大な前線を支える兵力は既になく、この不毛な大地だけが唯一の盾である。
ゲルマニア軍が前線を進めるのを妨害するくらいしか、ダキアに出来ることはない。
「それと、ルターヴァ辺境伯の処遇についてはいかがしますか?」
「ああ、そう言えば彼が捕まったのだったな。唯一の予想外だが……」
「仮にも辺境伯様が捕らえられたのですよ? まあこの戦争には大して重要ではありませんが……一応は大公殿下自らが対応を決めた方がよろしいかと」
「分かった。ルターヴァ辺境伯位は彼の嫡男の……誰だった?」
「……ヨシフです」
「ああ、そのヨシフにルターヴァ辺境伯位を継がせよ」
「はっ」
ゲルマニア軍が捕らえたルターヴァ辺境伯は――最早辺境伯ではないが、何の役にも立たなくなった。この意味でもゲルマニア軍は完敗である。
「しかし……ヴェステンラント軍は一体何年引き籠るつもりだ?」
「そればかりは、我々からは何とも言いにくいからな……」
結局のところダキアに出来るのは時間稼ぎだけだ。最終的にはヴェステンラントに勝ってもらわないとどうしようもない。
「我々は死ぬ気で働いているからな。そろそろヴェステンラントにも働いて欲しいものだ」
実際、ダキア軍は多大な戦力を東部戦線に拘束することに成功している。この機に西部戦線を突破出来なければ、ヴェステンラントでも勝利は厳しいだろう。
「そうですね……」
「なれば、そろそろ余も動いてやるとしよう」
「!?」
「これは女王陛下。まともこんな辺鄙な土地へ……」
そこには黒い外套を纏ったヴェステンラント女王ニナが立っていた。