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覚醒

 ACU2206 ヴェステンラント大陸 ゲルマニア領 ノイエスブルグンテン


 少女は夢を見ていた。


 そこは穏やかな青空で、視界の端から端に至るまで、青々として草原であった。


「目覚めたかい? 人の子よ」

「あなたは……?」


 振り向くと、古代の壁画に描いてあるような質素な格好をした青年が立っていた。


「僕は大天使。名乗る程の名はない。君と同じく、我が主に創られたものさ」


 青年は親しげに話しかけた。


「私は、イズーナ。大天使様が、何の用なのですか?」

「そんなに畏まらなくてもいいよ。大天使っていうのは名前だけで、大した権能は持っていないんだ」

「そう……なの?」

「そう。まあ、仲良くしようじゃないか」


 大天使は手を差し出した。イズーナはよく分からないまま、青年と握手をした。


「さてと、ここに君といられる時間も短い。僕から伝えなければならないことを、早く伝えてしまおう」

「私に……?」

「うん。どこから説明するかは難しいんだけど……最初は魔法というのものについてからかな」

「魔法? 魔法くらい知ってるよ?」


 イズーナは早速、大天使の意図を掴み損ねた。


 この世界の人間にとって、魔法は何ら特別なものではない。水とか空気とか、そのような極ありふれたものである。


「確かにね。じゃあ、魔法がどうして存在するのか、考えたことはあるかい?」

「え……? 考えたことは、ない」

「そうだろうね。世界に初めから存在するものの意味を考えるなんて、哲学者しかやらないだろう」

「だったら哲学者を呼べばいいんじゃないの?」


 大天使は苦笑いする。


「はは。そういう話じゃなくてね」

「?」

「じゃあ答えから教えようか。魔法というのは我が主、つまりは世界を治める神が、どこかの世界みたく無色人種が世界を支配することがないよう、有色人種に与えた力だ」

「よく、分からない……」

「まあ、全て分かってもらう必要はない。簡単に言えば、肌が白くない人間に、ハンデを与えたんだ。それが魔法だ」

「そう……」


 イズーナはそれで納得しておくこととした。


「さて、その筈だったんだが、魔法はそこまで歴史を動かせなくてね。結局この世界でも、白人は世界を恐怖で支配しようとしている」

「そう、ね……それは本当に酷い……」

「おや? 君にはその自覚があるのかい?」

「うん。ある。私達はとても酷いことをした。だから、償わないといけない」

「ふむ……」


 大天使は興味深そうにイズーナを見つめた。実際彼女のような、白人の罪を自覚する者は極めて少数だ。


 ――どうやら、当たりを引いたようだ。


「君のような気高い心を持っている者ならば安心だ。安心して力を与えられる。いや、君には特別な力を与えることにしよう」


 大天使は少し興奮しながら早口に言った。


「力……?」

「ああ、すまない。こちらの話だ。話を戻そう。我が主は今度、この惨状を正そうと考えられた。つまり、有色人種により強大な力を与えること、もっと言えば、魔法をより強力なものとするんだ」


 エスペラニウムは有色人種の土地に集中している。魔法を強大なものとすれば、有色人種は無色人種を圧倒し、彼らの支配は自然と終わる筈だ。


「でも、私は白人だよ?」

「ああ、それなんだけど、本来ならば、君には魔法を強力にする為の媒介になってもらう予定しかなかった」

「……?」

「まあ、つまりは、君自体に特別な力を与える予定はなかったんだ。君がこの世界に存在することで魔法が強くなる、ただ、それだけだった」

「そ、そう……」

「だが、僕は考えを変えた。君自身にも特別な力を与えよう。この世界のどんな魔女でも敵わないような、最強の力を」

「そんなもの……」

「いや、君には是非受け取って欲しい。君がこの世界を率いて、世界を正しい方向に導くんだ。君のような心を持つ者に会えて、本当によかった」

「……わ、分かったわ。その力、受け取る」

「ありがとう。そうじゃないと」


 大天使はパチンと指を鳴らした。そして静寂が訪れた。


「ええと……これで終わり?」

「ああ、これで君は世界で最強の魔女になった。とは言え、現実でいきなり力を試すのも怖いだろう」

「うん……」

「だから、ここで試すといい。ここは夢の中だけど、現実と変わらない力を使えるようにしておいた。ここでは何をしても何も壊れないから、好きにしてみるといい」

「好きにしてみるって言っても……何をすればいいの?」


 イズーナは魔法を使ったことがないし、そもそも強力な魔法なんてものはこの世界には存在しない。


 だからすることを思いつかないのだ。


「そうだね……じゃあ、この草原を焼いてみようか。どこまでも広がる草原だ。いくら焼いても焼き尽くされることはない」

「わ、分かった」


 イズーナは手の平を草原に向けて、燃え盛る炎を頭の中に思い浮かべた。するとその瞬間、彼女の視界が眩い光に包まれた。


 イズーナは光に怯え、思わず目を閉じた。


「怯えることはない。これは君が生み出した炎だ」

「え……?」

「さあ、目を開けてみて?」


 イズーナは恐る恐る目を開けた。


「え? こ、これを、私が……?」


 彼女の正面の草原だけが焼け焦げていた。それはまるで、天国に地獄の一角を運び込んだようであった。

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