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ハーケンブルク城にてⅡ

「それで、今すぐにでも必要な迫撃砲の開発は進んでいるのかしら?」

「あー、そっちは大丈夫。もう設計図は完成したから、後はクリスティーナに頼んで量産体制を整えるだけだね」

「それはよかったです」


 迫撃砲を作るのに特別な技術は必要ない。既に第二造兵廠が完成させた列車砲と比べれば簡単で単純なものである。


 既存の大砲を小型化し、きちんと動作するかの確認を済ませれば、もう完成である。設計図を作るのは容易い。ライラ所長は3日で設計図を完成させた。


 ただ時間がかかるのが、生産工場を用意することである。迫撃砲は戦艦などと異なりそれなりの数を用意しなければ意味がない。故に専用の一連化生産工場が必要なのである。


 ライラ所長が最初に1ヶ月必要だと言ったのは、主にこれを用意する時間だ。


「ま、私は予定より4日早く設計図を完成させたからね。後はクリスティーナにかかってるけど……まあ、あの子ならすぐにやってくれると思うよ」

「クリスティーナ……ねえ。エリーゼが早く終わられろと言ってたって、伝えてくれますか?」


 エリーゼは鬼気迫る声でライラ所長にお願いした。


「う、うん……伝えとくよ……」


 ライラ所長は震えながら応じた。これでクリスティーナ所長は予定よりも遥かに早く迫撃砲の量産を始めてくれるだろう。


「ま、これも機関銃とか野砲とやることは変わらないからね。大きさが変わっただけで。だから、すぐに出来ると思うよ」

「発想の問題というのは理解していますよ」


 技術的にはめぼしいものはない。歩兵が携帯出来る小型の大砲という発想こそが迫撃砲の本質なのである。


「ほんと、そうだよねー。シグルズはこれまで世界になかったものをさも当然のように思い付いて、しかも完全な設計までしてくる」

「まるで最初から答えをしっているかのように、ですか?」


 エリーゼは目を細めてライラ所長に問いかけた。シグルズが単なる天才でないことは、彼を少し詳しく観察すれば明らかだ。


 シグルズの姉であり、彼と一番長く共にあったエリーゼ。帝国第一の技術者であるライラ所長。この二人ならばシグルズが神の啓示のような知識を持っていることくらい分かる。


「さあ?」


 だがライラ所長はわざとらしくとぼけて見せた。エリーゼは不愉快な表情を隠さない。


「ま、私はそんなことに興味ないよ。シグルズが面白い兵器を持ち込んでくれる。私はそれを図面に起こす。それ以外何も要らない」


 いつもの眠たそうな気配は消え、ライラ所長は毅然と告げた。彼女にとってはシグルズの発想がどこからやってくるかなどどうでもいいのである。


「分かりました。今後とも、よろしくお願いしますね?」

「うん」


 と、その時だった。


「ライラはまた新しい武器を作ったのですか?」


 ハーケンブルク城の城主を名乗る、いつもみすぼらしい格好をした少女――リリー・ハーケンブルク。第88師団の面々が立派な服を着せようとしても断る彼女が、ふらっと第一造兵廠にやってきた。


「うん。迫撃砲っていうもの」


 ライラ所長はすぐ側に置いてあった迫撃砲の試作品を掲げた。リリーは悲しげな、或いは呆れたような顔をしていた。


「また、魔法で武器を作ったのですか」

「そうなるね」

「魔法を消したいというシグルズの意志に反している、と言いたいのかしら?」

「はい。これではヴェステンラントと何も変わりません。魔法を持つ者が力を独占し、民は虐げられるという国です」


 シグルズが魔法を消滅させることを決意した理由。それは魔法を使える者が貴族化し、国家の正常な発展を妨げていると理解したからである。


 だが、今やゲルマニアも戦争の為だとして魔法に頼りきりである。


「これが正常な技術の進歩と言えるのでしょか」

「戦争は勝たなければ意味はないわ。手段を選んでいる場合ではないの」

「そうなのでしょうか……」

「そうよ。ゲルマニアが滅びてしまったら、打つ手はなくなってしまう」


 ミイラ取りがミイラになるとは正にシグルズのことである。


 いや、最初から矛盾はあった。本当ならシグルズは魔法の才ではなく、その知識だけで身を立てるべきだった。


「まあ、魔法を消したいっていうのはシグルズの個人的な考えだからね。ゲルマニア人として、シグルズはゲルマニアの勝利に貢献する義務がある」

「それは……」


 別にゲルマニアは魔法を消滅させることを大義として戦争をしている訳ではない。それはあくまでシグルズが勝手に言っているだけのこと。それも最近のシグルズはあまりこだわらなくなっている。


 最早魔法を使う是非など誰も気にしなくなっているのだ。


「はい。それについては分かったのです。ですが私は、あまりにも急激な技術の進歩こそを憂いています」

「? 技術の進歩は、人類の幸せに繋がるよ。悪いことでもあるの?」

「ゲルマニアの技術は進みすぎました。もうシグルズが手伝わなくても勝手に進化出来るくらいには」

「それはいいことじゃないの?」


 シグルズに頼らずとも新兵器を生み出せる。それはゲルマニアにとって重要なことだ。


「それがいずれ、世界を滅ぼす力を生み出してしまうかもしれません」

「世界を滅ぼす? 流石の私でもそれは無理かな」

「それならいいのです」

「そう……」


 そんな取り留めのない会話をしてリリーは去った。

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