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苦肉の策

 ACU2310 1/5 ダキア大公国 戦時首都メレン


「殿下、ゲルマニアよりこのような申し出が」

「見せろ」


 ゲルマニアとダキアが即座に停戦すること。そして講和条約をダキアを全面開放する条件で結ぶこと、などが書かれた外交文書が、一応は機能しているゲルマニア大使館より届いた。ピョートル大公はダキア国内の軍属以外のゲルマニア人には一切手を出していないのだ。


「――なるほど。確かに悪くはない提案だな。我が国にとっても、ゲルマニアにとっても」

「どうされますか? せっかくゲルマニアから勝利をタダでもらえるというのなら、受けてもいいとは思いますが……」


 ハバーロフ大元帥はどちらか言うと乗り気であった。しかしピョートル大公はそうでもない。


「こんなに弱腰なのも今だけだ。いずれヴェステンラントとの戦争が終われば、奴らはまた我が国を侵略しに来るだろう」

「それはそうですが……しかし話し合いに乗るくらいはいいのではないでしょうか? より我が方に有利な条件での講和を持ちかけるのも手かと……」


 例えば向こう50年くらいの不可侵を約束させるなど、やり方はいくらでもある。このダキアが圧倒的に優位な状況を生かすべきだとハバーロフ大元帥は主張する。


「第一に、我々はヴェステンラント軍の手助けのお陰でこうしてゲルマニアの支配から脱することが出来た。その恩を仇で返そうというのかね、君は」


 ヴェステンラントが手を貸したのは、あくまで現在戦っている部隊の負担を減らす為だ。ダキアは長期間に渡って戦い続けることを期待されている。


「しかし、そんな綺麗ごとなど……」

「分かっている。それだけが理由ではない。第二に、ゲルマニアが約束を守るとは思えないこと。そして第三に、国内の諸侯の反感を買いかねない」

「なるほど……流石は殿下」


 現在ダキアでは反ゲルマニアの機運が非常に高まっている。それに反すれば大公とて無事では済むまい。


 いずれにせよ、ピョートル大公が和平を選ぶことは出来なかった。


 ○


 ACU2310 1/6 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「――とのことで、大八洲は喜んで手を貸すと言ってくれましたが、ダキアは一切の対話をしないと言ってきました」

「分かった……大八洲が協力的なのはせめてもの救いだが……」

「大八洲もそこまで大きな力にはならないでしょうね」

「そうだな……」


 大八洲も忙しい。主戦線の正反対にある北方に兵を差し向けるなど、そう簡単にできることではないだろう。あまり効果は期待できない。


「となると、やはり自力で耐え抜かねばならないということか…………」


 ヒンケル総統は溜息を吐いた。まさかダキアがここまで話の分からない連中だとは思っていなかったのである。


「やはり、東部の臣民の根こそぎ徴兵で兵力を確保するしかないか」

「そ、総統、そんなことをしたら……!」


 クリスティーナ所長は突っかかった。が、そうしなければ数日も耐えられないというのもまた事実。議論は堂々巡りを繰り返すだけであった。


「では、労働力として女性と子供を使うのはどうでしょうか?」


 シグルズは言う。


「クリスティーナ所長、別に弾薬や銃の生産は力仕事という訳ではないですよね?」

「え、ええ。まあそうだけど……」

「でしたら、ここは今工場で働いている退役軍人層を徴兵し、それを女性と子供で補填するべきかと」


 老若男女関係ない国家総動員体制。それこそが国民国家のあるべき姿であるとシグルズは確信している。が、そのあまりにも現代的な発想に、ヒンケル総統含め多くの者が付いていけていなかった。


「シグルズ、女性には家庭というものがあるのだ。そう簡単に働かせられるものではない」

「え、あ……はい」


 予想外の言葉にシグルズは反応に詰まってしまった。


「だから、女性を労働者として使うというのは、無理があるだろうな」

「それは……国家の方から食事などの支援をすればいいのでは?」

「賃金を払うだけでなく、ということか?」

「はい。生活の保障をすれば、誰でも働きやすいかと」

「ふむ……」


 少なくとも三食を無償で提供すれば、かなり働きやすくなるだろう。


「これを機に全国的な女性の動員を行い、より効率的な戦争遂行を目指すべきかと」


 男は前線で戦い、女が武器を造る。理想的な役割分担である。


「効率、か」

「はい。そうでもしなければこの戦争には勝てません」

「国家予算の76パーセントを軍事費に使ってもなお、足りんか」

「はい。女性を家の中に閉じ込めているようでは、国家の真の力を引き出せたとは言えません」


 そうすることで様々な兵器の生産量を底上げしなければ、ヴェステンラントに打ち勝つことなど無理なのだ。


「まあ悪くない提案ではある。が、君は一つ大事なことを忘れていないか?」

「は、はい?」

「将来的な国家像としてはそれが目指すべきところなのかもしれないが、今は喫緊の課題をどうするかについて論じているのだ。たったの数ヶ月で女性まで含んだ総動員体制が確立出来るとは思えんな」


 そんなことは不可能だ。これは結局何の解決策にもなっていないのだった。


 ――前から言ってたはずなんだけどな……


 実は女性の動員というのはかなり昔にシグルズが提案したことでもある。その時から準備を始めていれば今頃何の問題もなかったのだが……


 シグルズは社会そのものを変革することの難しさを痛感したのであった。

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