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弁明Ⅱ

「それに加えて、クロエが言っていることは本当である公算が高い」

「そうなのですか?」

「ああ。彼女が今回の襲撃を仕組んだのであれば、こんなところにわさわざ出向いて釈明に来る理由もないだろう。普通はとっととトンズラするものさ」

「まあ、確かに……」


 本当にクロエが犯人だとすれば、ここに死にに来る必要はない。あまりにも当然なことだ。


「まあ、そう思わせるところまでが作戦である可能性もあるが、わざわざ自分の命を危険に晒すほどの価値があるとは思えないな」

「なるほど。で、それが何なのですか……?」

「クロエは関わっていない。つまりこれは黄公ドロシアが独断でやったことだ。ここで巻き込まれたクロエは、確実にドロシアと対立するだろう。そうなれば、逆にヴェステンラントを内部から崩せる」


 寧ろクロエを生かしておいた方がヴェステンラント国内での仲間割れを起こせる。そういう算段である。


 これら二点から、ゲルマニアの視点からするとクロエには生きていてもらいたいのである。


「とは言え、これはあくまで政治的な問題。実際のところ、前線はどうなると思う?」


 リッベントロップ外務大臣はシグルズに尋ねた。確かにゲルマニア方面の前線の総司令官はクロエであり、彼女が死ねば前線の負担が減る可能性はある。


「そうですね……暫くは敵が混乱して楽になるとは思えますが、そもそもヴェステンラントのエウロパ方面軍の総司令官はあの悪名高い赤公オーギュスタンで、すぐに体勢を整えると思われます」

「混乱している短期間のうちに、敵に致命的な打撃を与えれられる可能性は?」

「それは望み薄かと。そもそも、全体の統制が取れなくても防衛が出来ることは、先の戦いで証明されています」

「そうだな……」


 クロエが消えたところでゲルマニア軍への利益は少ない。それがシグルズの結論である。


「分かった。となるとやはり、総合的に見てクロエには生きていてもらった方がいいということだな?」

「はい。そう思います」


 シグルズは個人的にクロエに死んで欲しくないが、今回はゲルマニアの国益からして生かしておくべきだと判断した。決して判断に感情を含めてはいない。


「――しかし、そう考えると前線でクロエを殺してはならないということにはならないか?」


 リッベントロップ外務大臣は少々混乱してしまった。


 クロエを殺すことがゲルマニアにとっての損であるのなら、戦場にあっても彼女を殺さないように戦うべきだという奇妙な結論が得られてしまう。しかしそれは一般的に考えておかしい。何かが矛盾していると考えるべきだ。


「それについては……我が軍がヴェステンラントの大公を討ち取ったという事実の方が重要ではないでしょうか?」

「……ああ、そうか。その場合は敵の士気への影響が甚大なのか」

「はい。今回はあくまで、第三者にクロエが殺される事態は避けるべきだという話ですよ」

「そうだな。やはり私は戦争には疎いようだ」


 という訳で、今回ゲルマニア使節団はクロエに味方することにした。そしてちょうどその時、晴虎がリッベントロップ外務大臣に意見を求めた。


「リッベントロップ殿、貴殿はどう思うか?」

「はい。私は、クロエ殿は無実であると考えます」

「ほう?」


 晴虎は続きを促す。


「まず――と言うかこれが全てのようなものですが、クロエ殿が今回の件を仕組んだのであれば、わざわざここに来る理由はありますまい」

「それは――そう、であるな」


 晴虎は狼狽していた。そんな単純なことも、頭に血が昇っている晴虎は気づかなかったらしい。


「故に我らは、クロエ殿に罪はなく、直ちにヴェステンラントへ帰参することを許すべきであると考えます」

「確かに理に適っているようだ。しかし貴殿は何ゆえにクロエ殿に味方するのだ? ゲルマニアと戦っているのはクロエ殿なのだぞ?」

「それは……」


 リッベントロップ外務大臣は言葉に詰まってしまった。晴虎の前でゲルマニアにとって利益があるからなどと言うのは地雷でしかない。


「ええ、それについては、我々は戦場で雌雄を決することを望んでいるからです」


 シグルズは思ってもないことを咄嗟に言い放った。適当に言っただけなのだが、晴虎には好評なようである。


「なるほど。我らが戦に水を差すべきではないか」

「はい。ゲルマニアは騎士道に基づいた戦いを好みます」

「騎士道?」


 ――あ、通じてない。


「ええ、エウロパ人は互いに正々堂々と戦うことをよしとします。それを騎士道と言うのです」

「相分かった。大八洲の者もまた、戦で雌雄を決することを望む。此度は、全て不問としよう」

「はっ。ありがとうございます」


 晴虎の美徳とシグルズの(適当にでっち上げた)美徳はよく似ていた。


「クロエ殿、此度は国にでも帰るがいい。が、これよりヴェステンラントからの使いは全て叩き斬る。分かったな?」

「……はい。寛大なお言葉、幸甚に存じます」


 クロエは助かったが、ヴェステンラントの国としての信用は完全に失われた。ヴェステンラントと大八洲が和平に至る可能性は消え失せたのである。


 ――よし、最高の展開だっ!


 リッベントロップ外務大臣は心の中で大はしゃぎしていた。ゲルマニアが最高の利益を得られる方向に全てが進んだのである。

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