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大八洲の行き詰まりⅡ

 様々な混乱を招きながらも、諸大名を集めた評定は無事に終結した。武田樂浪守信晴はマジャパイトの中に構えた武田家の仮の屋敷に戻っていた。


「御館様、お帰りになられましたか」


 彼の腹心、赤備え騎馬隊を率いる猛将、山形次郞三郞信景は信晴を出迎えた。


「うむ。まったく、今回は荒れに荒れた軍議であったわ」

「ど、どうなされたのですか?」

「伊達のせがれが、我らが名を重んじる心を旧きものだと言い放ちおった」

「名を重んじる心……」


 信晴の言葉はあまりにも抽象的に過ぎて、信景には理解しかねた。その様子を察し、信晴は軍議であったことを軽く説明した。


「――そのようなことが……伊達殿は武士とは何なのかを分かっていないご様子ですね」


 武士とは自らの家の名を立てる為に生きる者。名を上げることこそが最も優先され、その為ならば命すら捨てる。それが武士というものだ。


「うむ。だが、それも変わりつつあるのかもしれぬな」

「と、仰られますと……」

「各々が名を立てようと相争っているようでは、いつまで経っても天下に真の泰平は訪れぬ。そうは思わぬか?」

「それは――御館様の仰られる通りかと」


 そう言われれば信景はすぐに納得した。


「で、あるならば、伊達の言うことにも理があるのかもしれぬな」

「そ、それとこれとは別の話では……」

「かつての乱世とは、最早話が違う。我らは戦っているだけでよいのではない。我らは民を治めねばならん。武を競ったところで、何が民の為になろうか」

「そ、それは……」


 明快な論理で理を説かれ、信景はすっかり説き伏せられてしまっていた。


 信晴は最後まで伊達と真正面から殴り合っていたが、実際のところは彼の考えを深く理解し、尊重していた。彼と争っていたのはあくまで他の大名を守る為の行動に過ぎない。


「で、でしたら、我らはこれからどう生きていけばよいのでしょう」

「和を以て貴しとなす。遥か昔のように全ての臣が天子様の元に一致団結することこそが、我らの、大八洲の目指す姿やもしれぬな」


 それは近代的な中央集権国家の萌芽とも言える思想だった。


「それでは信景、風呂にでも――ゴホッ、ぬ……」


 立ち上がろうとした瞬間、信晴は苦しそうに咳をした。


「お、御館様!」

「何、大したことではない」

「ち、血が!」


 口を押さえた彼の手は血で汚れていた。


「この程度、大したことはないと言っておろうが」

「し、しかし……」

「そのような顔をするものではない。家臣にまで不安が広がってしまうだろう」

「も、申し訳ございません!」

「それでよい」


 信晴はその後も、何事もなかったかのように泰然と振舞った。だが彼の体は確実に病に侵されつつあった。


 ○


「朔の姉さま、これはどう読むのですか?」

「ええ、これは、『過ちて改めざる、これ過ちといふ』、と読むのですよ、虎千代様」


 見たところ姉弟のように見えるこの二人。だが血の繋がりがある訳ではない。


 この少年は虎千代。晴虎の養子で長子である。今年で8才といったところ。


「ありがとうございます、姉さま」

「そんな、わたくしはあなた様のお父上の家臣に過ぎません」

「それでも、我にとっては姉さまです」

「まあ、晴虎様の口癖が移ってしまっていますこと」


 たまにその歳に不釣り合いな難しい言葉を使いだすのも愛くるしい。朔も実際、虎千代のことを弟のように可愛がっていた。


「しかし……あなた様はいずれ上杉を継ぐお方。わたくしごとき、適当に使い走りにして下さればよろしいのに」


 虎千代は養子ではあるが、一切の反論の余地を許さず、上杉家の家督を継ぐ者である。晴虎がそう宣言したのだから、不慮の事故で彼が死なない限り、上杉家を継ぐのは虎千代なのだ。


「姉さまは姉さまです」

「仕方のないお方ですね……」


 口では家臣のように扱って欲しいと言いながら、朔もこの関係はまんざらではなかった。


 ○


 一方その頃、伊達家の屋敷にて。


「あんた、あと一歩で改易されるところだったのよ! 反省しなさい!!」


 伊達家の飛鳥衆の総大将、何かと口うるさい鬼庭七赤桐は、今日も君主に向かって怒鳴り散らしていた。


「はいはい。分かった分かった」

「絶対分かってないわよね!?」

「分かったと言っておろうに」

「この……」


 最終的に征夷大將軍相手に喧嘩を売るという蛮行を見せながら、晴政には何のお咎めもなかった。だがそれは奇跡のようなもので、一歩間違えていたら大名としての伊達家は滅亡していたかもしれないのだ。


「しっかし兄者はどうしてあんなことを……」


 成政も今回ばかりは流石に晴政を諫める側に回っていた。だが晴政に退く気はない。


「言っただろう。この国は弱い者どもを生かし過ぎなのだ。二、三万石程度の大名を生かしておくのに何の理がある?」

「そいつは確かに、そう意味があるとも思えねえが……」

「ああ。一万石の大名を百個集めるより百万石の大名一人の方が強いに決まっている。そうだろう?」

「まあ、それはそうかもな」

「で? どうせまた、大八洲の全てを伊達の蔵入地にするとでも言い出すんでしょう?」


 桐はもう晴政が何を言い出すのか見当がつくようになっていた。だが今回は違っていた。


「それは違うな、桐よ」

「ど、どういうことよ」

「広すぎるのも困りものだ。正直言って武田の領分くらいが限度だろう。大八洲の全てを一度に治めようなどとは思わん」

「そ、そう……」


 その言葉は逆に怖かった。ただの妄言ではなく、きっちりと計画を練っていたのだ。まあまだ計画だけならば遊びで済むのだが、桐は何となく、それだけで終わらない気がした。

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