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ヴェステンラントの場合Ⅱ

 ACU2304 3/31 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ ノフペテン宮殿


「はい。旧大陸方面に関する戦略について、では、今度こそ真面目に議論をしたいと思います」


 それは前回の会議から3日後のことであった。司会はいつも通りにエメが努める。


「ええ、まず、ゲルマニアを何らかの手段で黙らせるべきだというのには、反論はないですね」


 沈黙。それは全会一致で承認ということだ。


「はい。では次に、武力の行使以外をもってしてこの問題を解決する方法について、何か提案はありますか?」


 全員に尋ねるようで、実際は穏健派のオリヴィア青公とシモン陽公に問いかけていた。


「それは、その……」


 申し訳なさそうに言葉を紡ぐオリヴィア。


「私は、思い付きません、でした。すみません……」

「ではシモン大公は?」

「うむ。かなり大胆な話だが、いっそ、我が国も工業化を進めるというのはどうだ?」


 確かに、大胆不敵な発言であった。


 いっそのことヴェステンラント合州国でも産業革命を起こし、工業化を進め、それでもってゲルマニアに対抗しようと。


「シモン、ゲルマニアは既に100年早く産業革命を為したのだ。それに我らが追い付けると思うのか?」


 あくまで冷静に尋ねる赤公オーギュスタン。


「ああ。ヴェステンラントの土地は広く、大量の資源が眠っている。それに人口も、まだまだ増える余地がある。いずれはゲルマニアや大八洲すら超える大国となれる筈だ」


 それは正論であった。


 ゲルマニアは実のところヴェステンラントの資源を欲しがっているし、ゲルマニアでは産業革命で人口が増加傾向にあるにも関わらず、ヴェステンラントの方が人口は多い。


 国家という枠組みから見れば、それが恐らく大正解であろう。


 しかし、頷いたのはオリヴィアだけであった。


 他の者は、呆れているか興味がないかのどちらかである。


「あんた、自分が何を言ってるか分かってんの?」


 黄公ドロシアは、まるでシモンが悪事を働いたかのように。


「勿論、分かっている」

「いいえ、分かってないわ。仮にヴェステンラントがゲルマニアみたいな国になったとして、私達はどうなるの? 魔法が用済みになったら、私達が国を率いる理由がなくなると思わない?」


 彼らが合州国の頂点に君臨しているのは、彼らが始原の魔女イズーナの末裔だからである。


 だが、魔法が淘汰されるようなことがあれば、その正統性は途端に失われるであろう。


 シモンもそれは認めるが、その上で持論を続ける。


「そうなった場合、我々は、古代レモラのように、臣民からの信頼に基づいて権力を振るうべきだ」

「絵空事ね。そんなの無理に決まってるわ」

「どうしてそう言える?」

「では、逆に君に問おう」


 口を挟んだのはオーギュスタン。


「何だ、オーギュスタン」

「仮に君が言うようにヴェステンラントで産業革命が成功したとして、我々が今の地位を維持できるという確証は?」

「確証は……ない。だが、その可能性はあるじゃないか」

「それがいけないのだ、シモン。今のままならば我々が、或いは我々の子孫がこの椅子を追われることはない。だが君の提案を呑んだ場合、その可能性がある。どうだ? 危険の全くない道と危険のある道、君はどちらを選ぶ?」

「…………」


 シモンも聖人君子ではない。


 国を憂う気持ちは本物だが、その一方で、自らの権威を失いたくないとも思っている。


 それは他の大公も同じである。


 なれば、シモン本人すら迷いがあるものを、他の大公が納得してくれることは、万に一つもないだろう。


「分かった。この話はなかったことにする」

「いい判断だ、シモン」


 という訳で、戦争反対論は早くも駆逐された。


「では次に、戦争目標を決めましょう」

「目標なんて、ゲルマニアをぶっ潰して、再起不能になるくらいに賠償金を巻き上げればいいんじゃないの?」


 前回と同じことを提案するドロシア。


「大筋ではそれで正解だろう。だが問題は、そのぶっ潰すというのがどの程度のものかということだ」


 オーギュスタンも同じようなことを繰り返す。


 ゲルマニア全土を完全に制圧するのは不可能。


 しかし賠償金を巻き上げるには、敵を完膚なきまでに叩きのめさなければいけない。


「ならば、ゲルマニアの帝都――ブルグンテンを落とすのがいい」


 黒公クラウディアは初めてマトモなことを言った。


「確かに。それが最も効果的とは思える。だが、とは言えそれは一都市を奪うに過ぎない。彼らがやろうと思えば、南部での抵抗は十分に考えられるな」

「では、ガラティアにゲルマニアを攻撃させる? 目的がゲルマニアの無力化なら、ヴェステンラントの分け前は問題ではない筈」


 賠償金自体は目的ではない。その富がゲルマニアから奪われることが重要なのである。


 となると、分け前の大半を約束してでも、ゲルマニアと長大な国境を接するガラティアと共に戦うのは悪くない選択であろう。


「それは無理でしょうね」


 速攻で否定したのは白公クロエ。


「ああ、そう言えば、クロエはガラティアに行ってた」


 彼女がガラティアにいたのは、本来は対ゲルマニアの同盟をガラティアに提案する為であった。


 レモラにいたのはただの観光である。そのせいでレモラ一揆に巻き込まれる羽目になったのではあるが。


「ええ。それで色々と彼の国の皇帝に聞いてみましたが、とうやら彼――アリスカンダル陛下は、非同盟中立を是としているようです」


 ガラティアの政策は、地球で言うところのスイスのようなものだ。


 敵も味方も作らず、強力な軍事力を保有することによって平和を維持するのが、ガラティアの基本的な外交方針なのである。


「そう。では、この作戦はだめ?」

「そういうことです」

「分かった。諦める」


 振り出しに戻る。

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