海上特攻Ⅱ
「アトミラール・ヒッパー及びプリンツ・オイゲン、このままニュージャージーに突撃しろ! 奴を沈めるのだ!!」
エンタープライズからの攻撃を退けた戦艦アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンは、ニュージャージーに突撃する。二隻の戦艦が目の前に迫っても、ニュージャージーは興味を示すこともなかった。
「敵艦、アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンに全く攻撃して来ませんね……」
「敵は慢心しているのだ。であれば、付け入る隙はある。このまま足を止めるな」
「はっ!」
甲板に大きな損傷を負い一部の主砲塔も吹き飛んでいるヒッパーとオイゲンは、ニュージャージーの船首を挟み込むように、真正面から突撃した。普通ならば攻撃を受けることのない真正面ではニュージャージーの装甲も比較的薄く、ヒッパーとオイゲンに装備された衝角はその装甲を貫くことに成功していた。ヒッパーとオイゲンの船首がニュージャージーに半ばのめり込む形となる。
とは言え、所詮は装甲の一部が損傷しただけのこと。ニュージャージーは変わらず航行を続けている。
「ニュージャージー、減速する気配すらありません……」
「シャルンホルストですら出来なかったことが、アトミラール・ヒッパーに出来る訳がない、か。それは分かっていた。一縷の望みをかけてみたが、ダメだったようだな」
「で、では、ヒッパーとオイゲンは無駄死にだと……?」
「そうではない。出来れば避けたかったが、やるしかない。ヒッパーとオイゲンに、最期の作戦を実行せよと伝えてくれ」
「はっ……」
それが何なのかは分からないが、ロクでもない命令であることは確かだろう。通信士はレーダー中将が言った文言を一言一句そのまま伝えた。
「これで、終わりだ……」
それから数十秒。突如としてアトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンが大爆発を起こし、爆煙と水飛沫によってその姿が覆い隠された。
「こ、攻撃を受けています!!」
「いいや、違う。これはヒッパーとオイゲン搭載しておいた火薬の爆発だ」
「特攻とは、そういうことでしたか……」
戦艦の船体でニュージャージーに穴を開け、満載した火薬を敵艦の内側で爆発させる、最悪の手段として出航する前から既に用意されていた作戦である。特攻機の運動エネルギーで敵艦を貫き内部で爆発を起こす特攻と、原理はほとんど同じだ。正しく海上特攻と言えるだろう。
やがて煙が晴れ、状況が見えるようになってきた。アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンは艦の前半分が木端微塵に吹き飛び、ニュージャージーも船首が大きく欠損して艦内が丸見えになっていた。
「あれほどに損傷を受ければ、ニュージャージーとて沈むだろう。我々の最高戦力の一隻を犠牲にしてのことであったが……」
「ニュージャージー、徐々に傾いています!」
「よかった」
船の形すら保てていないヒッパーとオイゲンは当然、みるみるうちに沈んでいった。ニュージャージーもまた、船首から大量の水が侵入し、浮力を失いつつある。沈むのも時間の問題であろう。
○
「大統領閣下、言いにくいのですが、ニュージャージーが轟沈しました」
トルーマンは気まずそうにルーズベルトに報告した。
「何だと? 一体何がどうなっているのだね?」
「ゲルマニアの重巡洋艦が2隻、ニュージャージーと突撃し、自爆攻撃を行ったようです。流石に1万トン超の船に自爆されると、ニュージャージーとても他鳴ったようですな」
「なるほど。ならば、こちらの主力艦1隻と引き換えに、敵の主力艦2隻を沈められたんだ。実に効率的じゃないか」
「ニュージャージーとあんな前時代的な船では価値が違い過ぎると思いますがな」
「ニュージャージーも、造ろうと思えばいつでも造れる価値のないものに過ぎないよ」
「そういうことにしておきますよ。しかし、これで我が方に残るのは、動かないアイオワと、艦載機のないエンタープライズだけです。本当に大丈夫なのですか?」
「敵に残っているのも、空母が2隻だけだ。ちょうどいいではないか」
「私には向こうの方がまだマシな戦力を持っているように思えるのですがね」
敵に一方的に殴られることしか出来ないアイオワと、対空砲くらいしか武器のないエンタープライズ。いつの間にかアメリカ海軍は戦力をほとんど喪失してしまっていたのである。
「では、人類がこれからどうやってアイオワを沈めると言うのだね? アイオワは動けないとは言え、戦闘能力は健在だ。残りの特攻機を全部投入したところで、アイオワを撃沈するのは不可能に違いない」
「まあ、そう言われてみれば、確かにそうですな」
人類軍の特攻機は残すところ100機程度。80機を投入しても中破しかさせられない特攻機に、アイオワを撃沈することなどまず無理だろう。
「では閣下は、ここでぼうっと待っているおつもりなのですか?」
「ああ、そうだとも。焦る必要はない。我々は負けさえしなければいいんだ」
「閣下にしては珍しく、消極的ですな」
「私としても、ここで負ける訳にはいかないのだよ。だから少々真面目にやっているのだ」
「普段から真面目にやって欲しいものですがな」
トルーマンはルーズベルトにも分かるように溜息を吐いた。