海上特攻
「アトミラール・ヒッパー、プリンツ・オイゲン、出撃しろ!! ニュージャージーを沈めるのだ!!」
レーダー中将は命令を下した。アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンは再び旋回して反転し、ニュージャージーに向かって全速力で航行を始める。
「アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲン……我が国にとって多大な貢献をしてくれた彼女達をこのように死なせるのは、実に惜しいものだな……」
思えばゲルマニア海軍にとって最初の戦艦はアトミラール・ヒッパーであった。彼女の活躍がなければゲルマニア軍は未だにブリタンニア奪還に乗り出すことすら出来ていなかっただろう。
「せめて記念艦として保存しておきたかったものだ……」
「仕方がありません。ここで負ければ、人類は終わりなのですから」
「そうだな。軍人にそんな感傷は不要だ」
お互いに近づくアトミラール・ヒッパーとニュージャージーは急速に距離を詰めていく。ニュージャージーは自らに迫り来る戦艦など眼中にないようであった。それも当然だろう。アトミラール・ヒッパー級の上位互換であるシャルンホルスト級ですら、ミズーリ級にロクな損害を与えられなかったのだから。
「アメリカ軍機を確認!! 数はおよそ50!!」
その時、見張り台が敵艦隊の後方から複数の影が現れるのを確認した。
「まだそれほどに残っていたか……。いや、まさかヒッパーとオイゲンが狙いなのか……?」
「も、もしもアトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンが狙われれば、簡単に沈められてしまいます!」
「ああ。だが、ならばやることは簡単だ。全特攻機、出撃せよ! アメリカ機を全て落とすのだ! それと、魔女達にも出撃を要請せよ!」
「よ、よろしいのですか? レギオー級の魔女を失う可能性が……」
「オイゲンとヒッパーを無意味に失う訳にはいかない! 直ちに全ての戦力を敵航空機の迎撃に回せ!」
「はっ!」
既に発艦を終えたおよそ100の特攻機は敵航空艦隊に向かって突撃した。アメリカ軍の戦闘機に多くが落とされたが、突撃することに成功した機体もまた多く、敵機を30ばかり落とすことに成功する。もちろん特攻機は全滅だ。
前哨戦を終えると、アメリカ軍に立ち向かうのは魔女達である。
「シグルズ、クラウディア、一斉にやりますよ!」
「ああ!」
「あまり私を頼りにしないで欲しいのだけど」
戦闘に特化したシグルズ、クロエ、クラウディアはアメリカ軍に対して一斉に攻撃を開始する。シグルズは十数の対空機関砲で、クロエは音速の槍で、クラウディアは氷山のような氷の塊で、アメリカ軍機を次々に粉砕する。
だが世界で最強の魔女達でも数十の戦闘機を完全に迎撃することは出来なかった。
「クロエ! 敵が突破したぞ!!」
「分かってますよ!!」
クロエの横をすり抜けていったアメリカ機。クロエは迎撃しようと槍を作り出すが、その為に意識を後方に向けたのは間違いであった。
クロエの身体が巨大な槌で叩きつけられたような衝撃を襲われると同時に、何が何だか分からないままクロエは大量の血を吐いた。
「な、なに、が……」
「クロエッ!!」
シグルズはすぐさま駆け寄る。クロエは腹を撃ち抜かれていた。戦闘機の機関砲にである。 その下半身は彼女から溢れ出した血で赤く染っていた。
「し、シグルズ……」
「すぐに連れて帰る。死なないでくれよ」
「…………」
シグルズはクロエを抱きかかえて鳳翔に戻ろうとするが、当然ながらアメリカの特攻機がアトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンに向かって突っ込んでいく。シグルズはクロエを抱えながら特攻機を迎え撃とうとするが、そんなことでは当たる弾も当たらない。結局10機ほどの特攻機が、アトミラール・ヒッパーとプリンツ・オイゲンに突入した。
「特攻を喰らえば、ヒッパー級は持たない……」
だがその時である。両戦艦は突如として、蔦のようにうねる巨木に覆われたのである。数百年を生きたかのような太い木はたちまち甲板を覆い、まるで巨大なイカダのようになっていた。
「こ、これは青の魔女か……。だが木では……」
特攻機は構わず横たわった巨木に突入した。巨木とは言え植物に過ぎないそれでは、特攻を防ぎ切ることなど出来ない。巨大は特攻機によって簡単に断ち切られ、その下の甲板にも大穴が開いている。だが同時に、艦そのものはしっかり浮かんでいた。
「損害は表面に留まっているのか……。木が複合装甲の一部になった、ってことか――いや、そんなことより今はクロエだ」
そこにオリヴィアがいるのなら都合がいい。シグルズは大急ぎでクロエをオリヴィアの許に連れて行った。
○
「ど、どうだ!? ヒッパーとオイゲンは無事か!?」
鳳翔からその様子を見ていたレーダー中将はすぐに両艦の状況を確認させる。
「アトミラール・ヒッパー及びプリンツ・オイゲン、どちらも航行に支障なしとのこと!! 甲板には重大な損害があるとのことですが……」
「動けるならば、それで十分だ。主砲すら、最早必要はないのだから」
青の魔女オリヴィアによる咄嗟の作戦は功を奏した。特攻機の破壊力は巨木によって相当軽減されており、特攻に必要な主機関は損害を完全に免れたのである。