内乱終結
「元国王ルートヴィヒ殿下、まさかあなたが首謀者だとは思いませんでしたな」
「別に首謀者という訳ではないが、確かに反乱軍を率いていたのは事実だ」
ルートヴィヒは拘束され、総統官邸に連行されていた。ヒンケル総統は彼を会議室に呼び出した。見張りの兵士はいるが、手錠などはかけられず、衣服も貴族に相応しい絹製のものであり、まるで会議に招かれた客のようであった。
「ふむ。殿下が始めたことではないと?」
「ああ。私は貴族達に軍勢を率いることを頼まれた客将に過ぎぬ。私を尋問しても、君達の知りたいことは出てこぬよ」
「では本当の首謀者なども知らぬと?」
「ああ。私は軍団を任されただけで、依頼主のことには興味などなかった」
ファーレン伯爵のことは言わなかった。
「左様ですか。では殿下は何故、このような愚かな反乱に加担したのですか?」
「愚かとは言ってくれるな。君達が新型の爆撃機を出してくるまで、私達が勝ちそうだったではないか」
「確かに。ではそれは置いておいて、どうして反乱に加担を?」
「私はただ、我がレギーナ王国の臣民達を守りたかっただけだ。私が軍勢を率いていれば、連中が勝手なことを起こすこともない」
「そうでしたか……。とは言え、皇帝陛下に弓を引いた以上、殿下が死刑となることは避けられないでしょう」
「その程度の覚悟はしている。元より全てを失い、何の心残りもない人間だ。一思いに殺すといい」
「その判決を下すのは裁判所です。後のことは私の関与するところではありません」
「そうか。まあこれで、君と会うのも最後になるだろう。……ゲルマニアを頼んだぞ」
ルートヴィヒを始めとする反乱の首謀者達は死刑となるか終身刑となるかで、いずれにせよ完全に壊滅した。そして指導者を失った各地の抗議活動もまた、何も手を出さずとも急速に沈静化していった。大衆には所詮、信念など存在しないのである。
かくしてゲルマニアは国内の不穏分子を一層し、アメリカとの戦争に全力を投じることが出来るようになった。もっとも、その最初の行動は大量の人間に特攻させることなのだが。
◯
ACU2316 8/4 ヴェステンラント合州国 陽の国 ナワ運河
さて、ついにゲルマニアの特攻専用機が地球を一周してヴェステンラント本国に到着した。大八洲の空母鳳翔、蒼龍、飛龍に分割された特攻隊は、攻撃の時を待ちながら運河を渡り、大陸の東に出た。
空母は純粋に大八洲製のものであるが、それを指揮するのはゲルマニア人のレーダー中将であった。特攻隊そのものもゲルマニア人であるし、空母を借り受けただけで実質ゲルマニア海軍の部隊と言ってもよいだろう。
「閣下、イズーナ級4隻のアメリカ艦隊を捕捉しました。まもなくヴェステンラント内海に入るとのこと」
「ちょうどいい相手、だな。我々の力を試す絶好の相手だ」
「はい……」
「まずは、敵艦隊のところに向かうとしよう」
航空隊の者は皆、死ぬ為にそこに向かっているのである。大陸に兵力を輸送するべくやってきたアメリカ艦隊とゲルマニア艦隊が遭遇したのは翌日のことであった。レーダー中将は甲板に航空隊の兵士を集めた。彼らにとっての棺桶が、彼らを囲んでいる。
「諸君、言うまでもないことだが、皆にはこれから死んでもらう。その命を以て、アメリカ艦隊を沈めるのだ。国家の為に命を捧げるなど勇ましいことのようだが、要するに自爆しろということだ。こんな命令を出さざるを得ないのはひとえに、私のような上層部の人間が、他に有効な作戦を出せなかったからだ。その皺寄せが皆に行くのは、本当に、すまない。だが人類を救うには、これしかないのだ。私を呪ってくれて構わない。私はいずれ地獄に落ちるだろうが、君達は天国からそれを笑っていてくれたまえ。だからどうか、人類の為に死んでくれ。君達のことは私が絶対に忘れないし、忘れさせない。君達は永久に、人類の英雄として讃えられるだろう。君達に武運があらんことを。さあ、持ち場についてくれ」
兵士達は各々の特攻機に乗り込み、出撃の用意を整える。レーダー中将は艦橋に戻った。
「敵艦を確認! 報告通り4隻が纏まって動いています!」
「第一次攻撃隊、発艦せよ!!」
まずは10機の特攻機が順々に鳳翔を飛び立った。特攻機はこれまでのものとは違い単座であり、死地に向かう者もまた10人である。全機が発艦を完了したところで、レーダー中将は敵艦への攻撃の開始を命令した。
「まずは5機だ。時間差を開ければ敵に修復される可能性がある。同時に突っ込め!」
イズーナ級を撃沈出来る最低限の数がこれである。まずは特攻機の威力を確かめる為、レーダー中将は5機を1隻のイズーナ級に同時に突入させた。アメリカ軍が反撃を試みることはなく、特攻機はイズーナ級の艦首から艦尾にかけて等間隔に突入し、甲板を突き破って艦内で大爆発を起こした。無論、特攻隊員は骨も残らないだろう。
そして、イズーナ級は内部からの爆発に耐えられず、風船を弾けさせたかのように爆散した。船の面影が全く残らないほどに破壊され、残ったのは船底の木片だけであった。
「イズーナ級、撃沈!!」
「撃沈、か。あれを撃沈と言うべきなのか」
「た、確かに沈んではいませんね……。粉砕とでも言うべきでしょうか」
イズーナ級は細かい木片に粉砕されたお陰で沈んではいなかった。原型も留めていないが。ともかく、5人の命を消費することで、こうも簡単にイズーナ級を沈めることに成功したのである。