内戦の気配
ACU2316 6/26 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン
「ヴェステンラントの為などにゲルマニア人の命を犠牲にしようとするヒンケル総統は、ゲルマニアの敵である! ヒンケル総統よ、今すぐに退陣せよ!!」
「「「退陣せよ!!!」」」
「ヴェステンラントにくれてやる命はない! 我々の命を守れ!!」
「「「命を守れ!!!」」」
帝都の大通りを行進する群衆。その数はこの類の示威行動にしては例がなく、10万にも迫ろうとしていた。群衆は少数の扇動者に率いられ、政権を攻撃するように誘導されていた。ヒンケル総統が恐れたように反動勢力が策動していることは間違いない。
さて、行進を続ける群衆の前に、大通りに完全に封鎖するように戦車が立ち塞がった。指揮装甲車の中で優雅に紅茶を飲みながら、カルテンブルンナー全国指導者は直々に叛徒達に呼びかける。
『我々は親衛隊である! ここにいる全ての者に告ぐ! この集会は完全に違法である! 直ちに解散すれば罪には問わないが、解散せざる場合、我々が武力を持って鎮圧する! どちらがよいか選ぶがいい!!』
親衛隊はこれまで何千人ものゲルマニア臣民を殺してきた。今更躊躇う事はない。カルテンブルンナー全国指導者が決断を下せば、直ちに群衆への虐殺が始まるであろう。
「奴ら、どう出ますかね」
「さあ。興味はないな。歯向かうというのなら皆殺しにするまでだ」
「流石は全国指導者閣下……」
全国指導者はヒンケル総統に逆らう愚鈍な大衆などには全く興味がないのである。それは人が部屋の掃除をしても埃に興味を持たないのと同じことである。とは言え、効率的に掃除が出来るのならば越したことはない。カルテンブルンナー全国指導者は群衆に暫しの猶予を与えた。
群衆は立ち止まりつつも退く気はないようであったが、やがて数人が纏まって前に出て来た。
「おや、何か来ましたな。戦うつもりはないようですが」
「そうか。まだ殺すことはない。勝手にさせておけ」
「はっ」
親衛隊に表立って反抗しない限り殺すことはしないが、全国指導者は特に興味を持つこともなかった。
「親衛隊よ! ヒンケル総統の犬に甘んじていてよいのか! お前達もゲルマニア臣民である筈! ゲルマニア臣民を不当に苦しめる者に味方して、それでもゲルマニア人か!!」
などと大層なことを垂れるが、親衛隊で彼らに興味を示す者はいなかった。彼らにとっての正義とはヒンケル総統への忠誠なのだから。
「しょうもないことを言ってますね」
「ああ、実に下らない。諸君、直ちに彼らを射殺したまえ」
「よ、よいのですか?」
「耳元を飛び回る蠅を殺すのは当然だろう。今すぐ殺せ」
「はっ!」
親衛隊の兵士が数名装甲車から顔を出し、勇敢な演説をする彼らを警告もなく銃撃した。運悪く心臓などに当たった者は即死し、そうでない者も血の池に倒れ込んで動けなかった。瞬間、群衆は恐怖する者、怒る者、逃げる者に分かれる。一部の者は銃撃された者を助けに向かった。しかしカルテンブルンナー全国指導者が彼らに慈悲を示すことはなかった。
『見ただろう。我々は本気だ! 愚か者共よ、今すぐに解散しろ! そうすれば命だけは助けてやろう!』
同時に親衛隊は戦闘態勢を整える。が、次の瞬間であった。
「突撃!!!」
誰かが叫んだ。
「「「「おう!!!!」」」」
途端に群衆は、津波のように親衛隊に押し寄せてきた。精々斧か鎌くらいしか持っていない群衆が、完全武装の親衛隊に真正面から我武者羅に突っ込んで来たのである。
「か、閣下!」
「殲滅を開始せよ! 全員殺せ!」
戦車は機関銃で射撃を行いながら、無慈悲に火炎放射器で群衆を焼き払う。大通りはたちまち火の池の様相を呈した。ほとんど非武装の民衆などに親衛隊の攻撃を掻い潜る力などなく、僅かに戦車に辿り着いた者も歩兵の銃撃によって撃ち殺された。たちまち群衆は恐怖に呑まれ、右に左に逃げ惑う。
「戦車隊、前進せよ。敵を根絶やしにしろ」
「も、もうこれ以上の攻撃は必要ないと思いますが……」
「愚かな大衆には懲罰が必要だ」
「――はっ」
戦車隊は火炎放射と機銃掃射を続けながら前進を開始した。既に焼き殺され撃ち殺された死体を踏み潰し、負傷して動けない民衆も轢き殺した。焼け焦げた死体は平たく潰され、戦車隊が通過した後の大通りは地獄のような有様であった。
戦車に抵抗するのが全く無意味である察した群衆は我先にと逃げ、やがて大通りに残ったのは死体と親衛隊だけであった。負傷者は親衛隊が全員射殺していた。死体で舗装された道路は暫くは使えそうにない。
「暴徒は完全に解散しました。お見事です、閣下」
「当然のことだ。忠誠こそ我が名誉。我が総統に逆らう愚者は、一人残らず殲滅するのみ」
死体の臭いが漂う中、カルテンブルンナー全国指導者は優雅に紅茶を楽しんでいた。
「さて、では我が総統にご報告に行こうか。後片付けは頼んだぞ」
「はっ。なかなか手間取りそうですがな……」
全国指導者はすぐ近くの総統官邸に報告に向かった。