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動揺する世論

 ACU2316 6/24 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


 総統官邸には当然イズーナの言葉が伝わっていた。ヴェステンラントを見捨てればゲルマニアは平和と安寧を手に入れることが出来るのだと。


「これは……どうすればよいのだ……?」

「我が総統、まさかヴェステンラントを見捨てるなどと、本気で考えている訳ではありませんよね?」


 いつもは大人しいフリック大将が語気を強めて言った。ヒンケル総統も彼の鋭い目付きに気圧されてしまう。


「そ、それも選択肢に入るのではないか? ゲルマニア臣民の命を何百万と救うことが出来るのだから」

「その代わりに何千万のヴェステンラント人を犠牲にするのですか?」

「……それが、国家というものだ。常に自国が最大の利益を得る選択をするべきではないか?」

「そんな観点では論じたくないものですが……既に大八洲はヴェステンラントとの共闘を宣言しています。ここでヴェステンラントを見捨てることは我が国の国際的な信用を著しく貶めるものです。それは我が国の国益を甚だ損ねるものではありませんか?」

「国の信用などという形のないものの為に、何百万もの命を差し出すというのか?」

「そのように人道主義者をきどるのであれば、何千万のヴェステンラント人の命を守るべきでしょう。どうも閣下の言葉は的外れですな」


 まるで子に説教するように語るフリック大将。ヒンケル総統はまるで自分が悪人のような気がして反論する気になれなかった。


「……もう少し、時間をくれ。ゆっくり考えたい」

「それがよろしいかと」

「今日の会議はお開きだ。全員、解散したまえ」


 かくして一晩頭を整理することにしたヒンケル総統。しかしその翌朝のことであった。いつものように総統官邸の地下会議室に向かうと、入った途端何人かが同時に総統を呼び止めた。


「ど、どうしたんだね?」

「我が総統、これをご覧下さい! 今朝の新聞です!」

「新聞?」


 総統は手渡された新聞を手に取る。そこには驚くべき内容、イズーナの宣言が一面に堂々と書かれていたのだ。


「なっ……どうしてまだ最高機密のこの情報が、新聞などに載っているのだ!」

「さ、さあ、分かりません……。しかし奇妙です。私達ですら昨晩に知ったこの情報がもう漏洩して記事になっているとはとても……」

「昨晩の出来事が朝刊に載っているのはそんなにおかしなことではないだろうが、これが漏洩していることが問題だ。臣民にはまだヴェステンラントに大きな恨みを持っている者が多い。こんな話を聞いたら、戦争を止めさせようと行動に出る可能性が高いだろうな」


 ほとんどのゲルマニア人が少なからず知人をヴェステンラントに殺されている。ヴェステンラントの一方的な侵略により家族や友人を殺されたのだ。これまではヴェステンラントが滅びれば次はゲルマニアの番という理論で、ヴェステンラントと共闘することは受け入れられて来た。しかしその理屈はもう通用しない。臣民の不満が爆発する可能性は大きいだろう。


「カルテンブルンナー全国指導者、不穏な動きがあればすぐに伝えてくれたまえ」


 総統は不本意ながら親衛隊に頼らざるを得なかった。


「はっ。直ちに臣民への監視を強化いたします」

「それで、我が総統のご意志は固まったのですか?」


 フリック大将は問う。


「ああ。考えてみたが、ここまで来てヴェステンラントを裏切るなんぞあり得んな」

「それはよかったです」

「うむ。だが、だからこそ、国内の方が心配だ。ヴェステンラントなど捨ててしまえという気持ちもよく分かる」


 帝国としての意思はイズーナな言葉など関係なくヴェステンラントと共に戦うことである。しかし帝国臣民達の中にはそれを受け入れられない者が多かった。


 ○


 翌日。ゲルマニアは皇帝の名でアメリカ軍と戦い続けることを宣言したが、水面下では不穏な動きが多々ある。


「我が総統、申し上げます。国内に複数、これを機に政権を奪取しようとする不届き者があります」


 カルテンブルンナー全国指導者は早速情報を持ってきた。


「ふむ。今更社会革命党に取って代わることの出来る勢力などいるのか?」

「可能かは分かりませんが、その意思がある連中ならばいくらか。今回主体となっているのは貴族層です」

「なるほど。実力も全くない訳ではないな」


 社会革命党が一党独裁を確立して以来政治の中枢から遠ざけられ、戦争が始まって以来の軍制改革によって帝国軍からも遠ざけられ、数々の冷遇を受けてきた伝統的な貴族層。その影響力は大幅に削がれたとは言え、無視出来る存在ではない。


 彼らは今回の件をヒンケル総統及び社会革命党を非難する格好の材料として使い、あわゆくば政権に返り咲こうとしているのである。


「貴族となれば、皇帝陛下に黙らせて頂くことは出来んのか?」

「まだ公然と反旗を翻した訳でもありませんから、勅語をそう易々と渙発するは好ましくありませんかと」

「確かに。これはまた、面倒な連中に目を付けられてしまったな……」


 帝国に深く根ざした問題を精算する日が来たのかもしれない。

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